「動物って自由だと思わない?」
「……は?」
唐突に彼女は言った。
言っている意味がよく分らなかったので思わず間抜けな声が出たがそんな事はどうでも良い。
「だから、動物って自由だと思わない?」
もう一度彼女はそう言った。
「え、まぁ、確かにそうかな」
「でしょ?動物って学校も無くて仕事もしなくて良くて自分の好きなように生きてるのよね。憧れるわ」
言っている意味がよく分らなかった。
何故彼女はこの場面でそんな事を言うのかサッパリだ。
「でも動物は生きるために餌を獲ったり外敵から自分を守らないといけないんじゃないかな?」
言っている意味が分って無いのについ反論してる僕は何なのだろう。
頭が多少混乱していると言うか彼女のペースに乗ってしまったのかもしれない。
「それも含めて自由なの。生きたいと思うから餌を獲って外敵から身を守る。生きたいと思わなかったらそんな事はしないわ。それは人間も同じなのよ」
「どうかな、現に僕は勉強をしたくないのに勉強をしている。それは自由と言うのかな?」
「自由よ。勉強をしたくないならしなければ良い。ただそれだと最終的に自分がしたい事が出来無くなるだけ」
「それで仕方なく勉強する事を自由と言うかな?」
「言うわ」
「でも僕は勉強をしたいと思って無い。けどしているのは将来の為仕方なくだよ」
「全然分って無いわね」
何が、と言おうとして止めた。
いつの間にか変な議論に乗っている事に気づいたからだ。
元々僕等はこんな話をしていた訳じゃなかった筈だ。
「それはともかく、もうそろそろ」
「ちょっと付いて来て」
僕の言葉を遮って彼女は急に歩き始めた。
勿論どこに行くか知らされて無い。
バスに揺られて来た所は近場の動物園だった。
何故動物園と思う暇も無く彼女は入場券を購入しようとしている。
彼女の元へ行くと僕の分も買っていたらしい。
「ちょっと、お金は?」
僕の入場券を渡してさっさと入ろうとする彼女を引き止めて言った。
「私が払うわ」
そう言った彼女の目には何故か哀れみの色があった気がした。
「見なさい」
「……何を」
また唐突に言う彼女。
彼女は僕の目の前にある檻を指差した。
「ここにいる動物達に決まってるでしょ」
「はぁ」
間の抜けた返事をする僕。
それを気にかけないようにまた口を開く彼女。
「ここの動物達だって自由なのよ」
またその話ですか。
「自由って、檻の中に入っていて自由がありますか?」
「あるわ」
彼女ははっきりと断言した。
「彼等はここにいたいからいるの。もしいたくないのなら飼育係さんを襲ってでも出るに違いないわ」
違いないと言われても。
「彼等は餌を与えられて好きな事をして好きに生きているのよ」
「でもそれは偽りの自由じゃないかな?」
彼女は無言。
ただそれは自分の間違いに気づいたと言うのではなく続けろと言う意味らしい。
「つまり人間に餌を与えられて、好きなように生きていると勘違いしてる。本当の自由と言う事を知っていないんだ」
「それって不幸な事?」
「そりゃそうでしょ。本当の自由を見つけないまま死んだら僕は嫌だなぁ」
「何で?」
「何でって、例えば僕が機械関連の仕事に就きたいって知ってるでしょ?」
頷く彼女。
「だけどそれを知らないでただ漠然と時を過ごしていて自分は自由に生きていると思ったらそれは自分の本当の自由を知らないと言う事じゃないかな」
「つまり彼等は偽りの自由と言う中で自由と思ってる訳ね」
「そうだね」
とは言っても実際は本当の自由と言うのは結局自分でそう思った物が自由でありそれはもしかしたら偽りの自由かもしれなくて。
あれ?
「どうしたの?」
「何か混乱してきた」
何が、と言いたそうな彼女の顔。
しかし次の瞬間には彼女は動物が入っている檻の方を向いていた。
「要するに彼等は偽りの自由と言うものに束縛されているのよね」
「……そうだね」
「でも自由を束縛するのは偽りの自由だけじゃないのよ」
「はぁ」
今度こそ本当に彼女が何を言いたいのか分らなくなってきた。
「例えば私達は重力と言う物に束縛されていて飛行機や機械の力を借りないと空を飛べない。例えば鳥は空と言う物に束縛されて水の中には潜れない。例えば魚は水と言う物に束縛されて陸へ上がれない」
「何を言いたいのかな?」
「まぁちょっと待ちなさい。え〜っと?つまり私達は絶えず何かに自由を束縛されているのよね」
「はぁ」
「だから私はそれ以外の色々な物にまだ束縛されたくないのよ」
「はぁ」
「私の自由は奪わせないわ」
「はぁ」
「だから何が言いたいかって言うと」
それから何故か彼女は頭を抱えて悩み始めた。
全く持って意味が良く分らない。
「え〜っとだから、つまりあなたとは付き合えないって事」
「……あの、それはつまり僕は振られたと言う事でしょうか?」
「そうよ、私はまだ束縛されて自由を奪われたくないの」
「あの、それを説明する為に態々動物園まで?」
「そうよ」
……何て言うか、振られた悲しさより情けなさが僕を襲った。