恐怖って感情はさ、人間誰でも持ってる物なんだよね。
ああ。
その恐怖を克服した人って強いのかな?弱いのかな?
さあな。強いんじゃないか?
僕は弱いと思うんだけどね。
そう思っているなら何故俺に聞く。
ほら、三人寄れば文殊の知恵って言うし。
何か違うのは気のせいか?
………。
ENDLESS
DARK Feeling 1
〜恐怖する者〜
「一体どこなんだよ。此処」
金髪の少年は誰に言うでも無く呟いた。
薄暗い森の中で一人で居るというのは大層寂しい物だ。その森が知らない森とあれば恐怖感も出てくるだろう。その恐怖感を克服する事は長年その森に住んでいるか、そんな事すら気にしない性格の持ち主だけであろう。
ただ、薄暗い森の中を一人で寂しく歩いている少年、ティーダはいくらディスティニーアイランドでソラやリクと戦闘での恐怖を克服出来たとしても、それはただのじゃれ合い程度あり、このような場所の恐怖を振り払う事も本当の殺し合いの恐怖を振り払う事も出来無い普通の少年である。
しかし子供故の無邪気さと好奇心が多少あるのか、表情は硬いが慎重とは言えない歩調で歩いてはいる。
時偶鳥の鳴き声や動物の動く音等を聞くと敏感に反応し、身を硬くする事もある。それでもディーダは森の奥に、はたまた出口へと、勘を頼りに歩いて行く。その目的は逸れた友達を探す為。
外の世界は数えきれない程あると言う事を殆ど考えた事は無かった。だからこの世界に居ると言う保証が無い事をティーダは知らない。それ故に諦める事無く歩き続けるのであろう。
だが、ティーダには危険か安全か分からない森を歩く知識は一つも無かった。森、という存在を知ってはいても常夏の島にしか興味は無く、殆ど行った事も無く、知識に限っては一つも無い。更に彼には今頭の中には友達を捜す事しか頭に無かった。
まず始めに問題になるのは食料や水だ。安全と分かっていればその辺になっている木の実等を食べる事も出来るだろう。しかし毒性を含んでいる木の実と食用の木の実の違いはティーダには勿論区別が付かない。水に至っては湖も川も周りにあるようには見えない。いくら耳を澄ましても川のせせらぎも聞こえないであろう。もし見つかったとしてもやはり彼には飲めるか飲めないかの区別は付かないだろう。
方向感覚が狂うと言う事もあるが、ティーダの場合は最初からどこに向かっているのか分かっていないので除外する。ただ同じ場所を回っているという可能性もあるが、回っていても彼は気づかないであろう。
それから、例えば、だ。ティーダの立っている場所から少し前、地面に蜘蛛がいるが、彼は目の前しか見てはおらず、蜘蛛は眼中に入ってはいない。踏み潰せはそれはそれで良いが、下手に刺激すると攻撃されかねない。が、ちょうど足を上げた時に蜘蛛は地面を這って行ったので何も起こらなかった。
これらの危険を察するのはその危険に直面した時だけであろう。旅馴れた人物が一緒にいればまた別だが。
そんな事など一切頭には無く、ただティーダは歩き続ける。暫くすると急に回りの茂みが音を立て始める。これまでに何度もこのような事が起こり、その全てがただの小動物だったので彼は特に気にしなかった。だから初撃を避ける反応が多少遅れ、袖が少し切れてしまった。
「な、何だよ、こいつ」
驚愕している声が口から漏れる。それもその筈、ティーダにはハートレスという存在を一度も見たことは無かったからだ。カイリに話して貰った事はあったが、口で言われただけでどんな姿をしているのか想像するのは難しかった。
そのハートレスはパワーワイルド。ディープジャングルにてソラに何度も襲い掛かって来た猿のようなハートレスである。何故此処にいるのかは分からないが当然ティーダはこのハートレスを知らないのでそのような疑問は浮かばない。
ただ、攻撃をしてきたと言う事はこちらとしても攻撃しなければいけないと言う事だけは分かっていた。ここに来る時も肌身離さず持っていた棒を構え、攻撃に備える。
その風貌は余り強くは見えないからか、ティーダには余り恐怖というものが無かった。ただ、心が無く、無表情なその生き物を見ると多少の恐怖を持ち合わせているようである。安易には攻撃をせずに、相手の攻撃を待つ。
突然、パワーワイルドは跳躍し、爪で空を引っ掻き回す。勿論その先にいるのはティーダである。
ティーダは咄嗟に棒を横薙ぎに払い、爪の攻撃を弾き返す。それから一歩後ろに後退し回転しながら前へ動く。回転の力を殺さずに、棒をパワーワイルドに叩き落とす。
当たったと言う事は分かった。しかし不思議と手ごたえが無い事に疑問を抱いた。
一歩後退し、パワーワイルドを見ると、ダメージが無い事を肯定するかのように軽快にフットワークを取っている。
ハートレスにはただの武器は通用しない。ソラが持つキーブレード、その他の特別な武器を使ってこそ倒せる敵だ。レオン達も普通では無いと言えば普通では無い武器を使っているが、彼の場合は心の強さと、彼自身の強さでハートレスを倒している。だが、今のティーダには恐怖という物があり、無かったとしても決して心が強いとは言えなかった。更にティーダが持っている武器は、所詮は只の棒だった。
自分の攻撃が通用しない状況で、パワーワイルドの無表情な黄色い目で見られ、一瞬にしてティーダの頭は恐怖で埋め尽くされた。
パワーワイルドのスライディングを避け、背を向けて駆け出す。逃げられる自身も何も考える事が出来ずにティーダは逃げ続ける。ただ我武者羅に。
気づけば後ろには何もいなかった。代わりと言っては何だが、前に三匹同じハートレスがいるというのはティーダにこれ以上無い絶望を感じさせた。確かにそのまま、また背を向けて逃げれば良いが、如何せん、体力をかなり使い、既に勢いで走っていた為に足は重く、上がらない。
目の前の三匹のパワーワイルドは同じようにフットワークを取りながらティーダを見ている。
防衛本能からか、ティーダは何も考えずに棒を構える。心なしか体が震えているように見えるのはしょうがないだろう。
「俺は、まだ死にたくねぇよ……」
弱弱しい言葉が口から漏れる。
「誰かぁ……」
涙ぐみながら助けを求めるが、誰も居る筈が無かった。パワーワイルドも誰かが来るのを待つわけも無く、三匹全部がティーダに襲い掛かる。
悲鳴を上げながら目を瞑る。しかしいつまで経っても痛みは無く、代わりに前方で何かの音がした。自分がどうもなってない事を悟り、目を開くと甲冑に身を纏った男が両刃の剣を持ち、一匹のパワーワイルドと対峙していた。残り二匹が居ない事から、男が倒したのか、逃げたのだろう。
パワーワイルドは男に向かって跳躍し、爪を振り回す。男はそれに臆せず、剣を後ろに引いて、そして突き出す。
剣は両腕の間を捉え、パワーワイルドを串刺しにした。そして闇になり、消えた。
男は剣を鞘にしまい、ティーダを見る。
「大丈夫か?危ないところであったな」
「え、あ、ありがとう。アンタは?」
「申し遅れたな。我輩の名はスタイナー。お主の名は何というのだ?」
「えっと、俺はティーダッス!よろしく」
自分が助かった事と、人が居た事に安心したのか、自然とティーダの顔には笑顔が現れる。
「え〜っと。ところで此処はどこッスか?友達と逸れて困ってるんだけど」
「ここはリンドブルムから少し離れた森だが、知らなかったのか?」
そう問われてティーダは少し困ったような顔になる。それを見たスタイナーの方も少し考えているように見える。
「知らないとなると、もしや。とにかく此処は主には危険だ。丁度我輩もリンドブルムに用がある。そこまで一緒に行こう」
「良いんスか!?良かった〜。全然知らない所だからどうしようかと思ってたんだ」
そういって安堵の笑みを浮かべたままティーダはその場に座り込んだ。丁度日も沈み始めた頃、スタイナーも腰を下ろして野宿の準備を始めた。