今日こそ、今日こそ俺は『あれ』に挑戦する。友人達は全員反対した。お前には無理だ。止めておけ。死ぬぞ。等等色々言われた。しかし俺はその時既に覚悟を決めていた。絶対にやると。もし駄目だったとしても友人の誰かが俺の屍を超えて行ってくれるだろう。

   それに俺も友の屍を超えて行く為にこの挑戦をするのだ。過去数人、この挑戦をし、敗れた。

   そして、今日。俺は行く。いざ、戦場へ向かわんと言わんばかりに勇みながら家から五分ぐらいの駅へと向かう。自転車で出きるだけ体力を使い、後に備える。今日はこの為だけに俺は朝飯を抜いた位だ。

   駅に着くとこの辺に住んでいる友人二人が俺を待っていた。二人とも何とも言えぬような顔をしている。一路、無言のまま電車に乗り込む。呆けている内に駅は二つ、三つと過ぎて行く。その間、緊張感が生まれてくる。

   どうにか心を落ち着かせながら次の駅に着くまで待つ、何故なら次の駅こそ俺にとっての戦場なのだから。周りの景色を見納めと言う訳ではないが、しっかり記憶して置く。『あれ』をするのなら見慣れた風景を思い出しながらの方が良いと俺の家の近くのおじさんから言われた。本当かどうかは知らないが。

   駅に着いた。降りると他の友達はもう改札口で待っている所だった。やはり皆何とも言えない顔をしている。しかし俺の勇姿を見届けに来てくれたのだ。感謝せずにはいられない。

   しかしそれは言葉には出さず、心の中で言っておこう。別に後悔はしない。

   改札口を降りて、街中を数分歩く。今日はいつもと違う風景に見えるのは間違い無いだろう。何が違うか、俺の目に殆どの風景が入ってこないのだ。それ程までに俺は集中している。

   そしてついにやって来た一つの店。その店の前に書いてある事が今回の目的だ。その看板にはこう書いてある。

   激辛特盛りカレー。25分以内に食べ終われば無料。

   更に五千円分の食品券もついてくるらしい。しかし誰もが挑戦しようとして諦めた。だがやはり勇気ある者は挑戦する。俺の友人では三人、この激辛特盛りカレーに敗れている。

   店の中に入ると客は四人、別々な所で食べている。友人は後ろのグループで座れる席へ。そして俺はカウンターの席へと移動する。その時、俺の隣にも見知らぬ男性が俺の隣に座った。

   誰だか知らないがそんな事はどうでも良い。そして俺は勇み、口を大きく開け、言った。

   激辛特盛りカレーに挑戦します。

   見事なまでにハモった。ハモった?まて、挑戦するのは俺と、隣の奴だ。何と命知らずな奴だろう。過去何人も敗れたこのカレーに挑戦するどころか、俺と同じ時に食べようとするとは。

   突然、隣の奴が俺を見た。訝しげに俺は奴を見る。すると奴はニヤリと笑った。その笑いが意味するものは俺にはすぐ分かった。

   良いだろう。その挑戦受けて立とう。ところで賭ける物は?五千円?良いだろう。

   Mr.マリックもビックリする程正確にアイコンタクトを計る俺と奴。しっかりと通じ合っていた。俺と奴は同時に五千円を出し、前に置く。

   まだ作っているのか、カレーは中々こなかった。その間に俺はスプーンを二つ重ね。シーソーのようにし、一つのスプーンに水を注ぐ。

   少しして、店長自らが二つのカレーを持って来た。今まで見たことも無いほどの量だ。

   二つのカレーはそれぞれ俺と奴の前に一つずつ置かれた。そして店長が時計を見て、合図を掛けるために片腕を上げる。後ろの俺の友人と他の四人が一斉にゴクリと唾を呑む音が聞こえた。

   振り下ろされる手、一斉に掴むスプーン。しかしこれはただの挑戦ではない。奴との勝負もあるのだ。奴の先手必勝、スプーンを全て掴み、一つだけ取って俺の手に届かない場所に置く。しかし俺はその事を予想していたので少し離れたスプーンを取る。まだ手前にある水が注いであるスプーンは使うべきではないからだ。

   俺はスプーンだけでは無く、右手にはもう一つある物を持っている。スプーンでカレーを掬い口に持っていくと同時にある物を奴のカレーに掛ける。その名も唐辛子。激辛の上に唐辛子だ、これで奴のペースは落ちる筈。

   しかし奴の方が上手だった。俺は食べながら奴を横目で見ると奴はニヤリと笑いながら、辛さを物ともしないように食べている。誤算だった。恐らく奴は今日の為に辛い物を食べる耐性を付けて来たのだろう。

   だがそれは俺とて同じ事。伊達にこの日に備えて激辛ラーメン、激辛カレー、キムチ、etc…を食べて来た訳ではない。その成果が現れ、辛さは普段のカレーと変わらないような気がする。

   途中、奴の第二次攻撃がやって来た。奴は水を飲むと見せかけ、俺のカレーの中に入れたのだ。これには俺の友人は黙っていなかった。しかしこの勝負に卑怯も何もない。それを察したのか、店長が友人等を止める。流石店長、伊達に何年も接待をやってる訳じゃ無いって事だ。

   関心している暇も無く、俺は水とカレーをかき混ぜる。水でカレーが薄味になり、辛さが少しなくなったのは良いが、何だか味が気持ち悪い。まさか奴はこの事を想定していたと言うのだろうか。恐るべし。

   だが俺とて負けてられん。食べながら俺は片手で紅しょうがが入っている容器の蓋を開け、奴のカレーの上に全てを投下。これには奴も顔を歪める。しかし奴はその紅しょうがとカレーをかき混ぜ、出きるだけ早く食べられるようにした。

   出きる。そう思いながらも食べるペースは一向に落とさない。少しでも隙を見せれば負けるかもしれない。最早そのような勝負になっている。

   奴は早くも暴力行為に出た。俺の椅子を蹴飛ばし、バランスを崩させる。だが、俺にそのような小細工は効かない。何故なら俺はこの日の為に椅子を使ってバランス感覚を鍛えたのだから。俺は椅子の一本の足だけでバランスを取り、食べながらも元に戻した。

   しかしやはりバランスが崩れたと言う事に少しは焦り、食べる速度が緩んだらしい。少し奴に負けている。

   今度はこちらの番だ。先程用意したシーソーのような形のスプーン。水を注いでない、普段持つ所を拳で叩き、少量だが、水を奴の顔に掛ける。別にコップの中に入っている水を掛けてもいいのだが、それだと飲む分までも掛けてしまい、俺がピンチになってしまうからだ。

   水掛け作戦は成功したようで、奴は顔を顰めながらも食べている。時計を見ると残り十分。十五分しか経っていないのに俺たちは既に四分の一を食べ尽くしていた。

   次が最後の勝負になるだろう。先手は奴だった。奴は事前に開けていたらしく、爪楊枝を大量に俺のカレーに放り込んだ。これは痛い。しかしそんな事を思っている場合では無い。俺はカレーを爪楊枝ごと口の中にいれ、器用に爪楊枝とカレーを分け、爪楊枝を吐き出す。

   そして今度は俺の番。俺はこんな事もあろうかと暑いお茶を頼んでいたのだ。おれはお茶が入ったコップを掴み、奴のカレーの中に投下する。奴のカレーは一気に熱くなり、更に水っぽくなって食べるのが非常に困難になった。

   しかし俺は奴を甘く見ていたようだ。やつはそれを逆手に取り、皿を持ち上げ、水っぽくなったカレーを喉に流し込む。やはり喉が熱いのか、少し涙目になっている。

   俺も負けと爪楊枝を器用に訳ながらラストスパートを掛ける。

   皿を置く音とスプーンを置く音は同時だった。つまり俺と奴は同時に食べ終わったのだ。食べている時間僅か十九分。残りはまだ六分も残っていた。

   俺と奴は同時に向き合い、微笑んで固く握手をする。カウンターの前では店長が泣いていた。

   その後、食品券を貰い、外に出る。激闘の据え、得た友情、そして食品券。俺の心は青空のように清々しかった。

   なのに友人達に馬鹿やらアホやら言われるのは何故なのだろうか。