シンデレラというお話をご存知ですか?
ガラスの靴で有名なお話ですね。
シンデレラは24時になると魔法が解けてしまうため、あわてて帰るわけですが……。
もしも、シンデレラが楽しさのあまり約束を忘れて24時を王子とともに迎えてしまったらどうでしょうか?
王子の前で魔法が解け、元のみすぼらしい姿に戻ってしまったら。
シンデレラの運命はどうなっていたでしょうか?

約束を破ってしまったシンデレラのお話。
24時の鐘の音とともに、お話は始まります―――。



満月の夜、月は城を照らし、城は月が頭上に来ると美しい鐘の音を鳴らした。遠い山にまで響き渡る鐘の音は人々に安らぎを与え、そして城内に静寂を与えた。

鐘の音が城内のダンスフロアで木霊する。それまで奏でられていた音楽は止み、人々は踊る事を止め、視線を一つの場所へと集中させていた。その視線の先には高貴溢れる身だしなみの男性。そしてその男性の目の前にいる、このダンスフロアには似つかわしくないほどみすぼらしい姿をした女性。

女性は一歩下がり青ざめた表情を地面に落とした。その表情は恐怖。

―シンデレラ、12時の鐘がなる前に戻らなければその魔法は解けてしまいます―

 シンデレラは城に入るきっかけとなった魔法使いのお婆さんに言われた事を思い出し、一層表情から血の気が抜けていった。ホールの沈黙が更に恐怖を押し上げる。シンデレラは恐る恐る顔を上げると、目の前にいた王子が手を上げて何かを言おうとしていた。

「魔女!」

 目の前で俯き、震えるシンデレラを見て思考が覚醒してきた王子が手を上げて声を掛けようとした時、どこからか叫び声が上がった。シンデレラはビクリと体を震わせ、顔を上げて回りを見渡した。

「その女は魔女よ!王子が危険だわ!早く引き離して!」

 また誰かが叫んだ。そして叫び終わったと同時にざわめきが広がる。そして数秒もしないうちに警護兵がシンデレラを囲み武器を構えた。シンデレラは自分に何が起こっているのか全く理解出来なかったが一つだけ理解できた事があった。

叫んでいたのはシンデレラの姉であった。シンデレラは信じられないとでも言うように大きく目を開け彼女を見た。すると彼女は自業自得とでも言わんばかりに冷笑を返した。

「待て!彼女は魔女ではない!」

 兵士を止めるようにして王子が出てくる事でまた更に回りのざわめきが大きくなった。王子の言葉を聞いて姉が険しい顔をする。しかしすぐにニタリと不気味に笑い、また叫んだ。

「王子は魔女の魔法に掛かっている!早くその魔女を捕まえて!」

 ざわめきの中、混乱につつまれたホールに姉の声はよく届き、兵は王子に危険だと下がらせ、何が起こっているのか理解できていないシンデレラを拘束した。

「待て!私は魔法に等掛かっていない!彼女は違う!」
「早く!早くその魔女を牢獄に!」

 何故か兵には王子の言葉は届かず、関係の無いシンデレラの姉の声は届いていた。しかし彼等は実際に見ていた、シンデレラが綺麗なドレスを着た美しい女性から薄汚い服を着たみすぼらしい女性へと変わったのを。その事実が兵に姉の言葉を信じさせる事となっていた。

「私の命令を聞け!彼女を解放しろ!」
「魔女を牢獄に!魔女を牢獄に!」

 王子の言葉も空しく、瞬く間にシンデレラは手錠をはめられ地下牢へと連れていかれた。

 薄暗い通路を蝋燭が薄く照らす。静まり返った通路には衛兵達の足音が木霊し不気味さが引き立てられる。暫くすると通路に響いていた足音が止まった。そこは通路の一番奥にある扉があった。扉には他とは違い何かの模様のような物が描かれている。衛兵の一人がその扉の鍵を開け、シンデレラは乱暴にその牢屋の中に入れられた。

 牢屋の中にどさりと倒れこみ鍵が掛けられる音がするとゆっくりと体を起こして周りを見渡した。地下牢だけあって窓のような吹き抜けはなく、光は一本の蝋燭と扉の隙間から微弱に漏れてくる光だけで暗闇と同じようなものである。

 ゆっくりと起き上がったものの牢屋の中を見てシンデレラはまた力無く横たわった。一体何故こうなってしまったのか、これからどうすればいいのか、これからどうなってしまうのか、答えの出ない事が頭の中でグルグルと回り続けていた。



 いつの間にか寝ていたのか、シンデレラは目を開け、今の時間を確認しようと周りを見渡すが見えるのは壁だけで何時なのかは全く分からなかった。それでも周りを見渡すと眠る前には無かった物があった。ドアの前に僅かな食事が置いてあった。しかし、近寄ってみるとそれはとても食事とは言えないような酷いものだった。カビの生えたパンに少量のスープ、しかしそれでもシンデレラは食べるしかなかった。

 何も無い時間が淡々と過ぎていき、何時間かすると変化が現れた。何人かが喚きちらす声とそれを遮る怒声だ。

「私達は魔女なんかと関係無いわ!濡れ衣よ!」
「五月蝿い!お前達が魔女の親族だと言うのは分かってるんだ!大人しくしろ!」
「あんな小娘はあたしの娘じゃないよ!」

 シンデレラは扉に着いている窓ガラスから通路をみるとそこで拘束されていたのは彼女の姉に継母だった。彼女達は各々衛兵に罵詈雑言を浴びせながら別々の牢屋へと入れられた。鍵が閉められてからも騒々しさが消える事が無く、彼女達はドアを叩き衛兵の悪口や、時にシンデレラの悪口を叫びつづけた。

 悪口を聞けば聞くほどシンデレラは彼女達に失望していった。いくら酷い扱いをされてもここまで心が醜いとは思っていなかったからだ。

 悪口は収まる所を知らず益々酷くなるばかりだった。その内自分達の責任にも関わらずシンデレラの責任にし、シンデレラに対して「死ね」「殺す」等まで言い始めた。終いには魔女は存在しない、魔女の血を飲むと不老不死になれるなどと騒ぎはじめた。

 数時間の内に狂ってきた姉の言葉に耳を塞ぎシンデレラはひっそりと涙を流した。いっその事自分も気が狂ってしまいたいと思ってしまう。

 それからまた何時間経っただろうか、姉達は声が擦れているにも関わらず騒ぎ続けていたが、少しずつ静かになっていった。その時、シンデレラは後ろにあるはずもない気配に気づき、ゆっくりと後ろを向いた。

「おお、こんなところに入れられて。可愛そうなシンデレラ」

 シンデレラは死んだような目を大きく開けてそこにいた人物を見た。目を擦りよくみるとそこには、自分に綺麗なドレス、ガラスの靴、カボチャの馬車などを授けてくれた魔法使いがいた。

「おばあさん!」
「よしよし、辛かったね」

 魔法使いは抱き着いてきたシンデレラを慈しむように抱き止めると落ち着かせるように声を掛けた。

「ごめんなさい!私、こんな事になるなんて!」

 突然過ぎて解けなかった緊張や、色々な感情が溢れ出てきたシンデレラは泣き喚きながら魔法使いに懺悔した。魔法使いは微笑んでシンデレラの頭を撫でた後にシンデレラの肩を掴んで顔を見せながら口を開いた。

「しょうがないよ、シンデレラ。楽しい時間が過ぎるのは早いものさ。時間になると解けてしまう魔法しかかけられなかった私のせいさ。でも大丈夫。私がすぐに王子様に掛け合ってここから出して上げるよ」

 そういってにこりとシンデレラに笑い掛けるとシンデレラはまた顔を崩して泣き始めた。

「でもねシンデレラ。約束と時間は守るものだよ。いずれ自分で解決しないといけない事があるかもしれないのだから」

 シンデレラは声にならない声で答え、何度も頷いた。その様子を見て魔法使いはまたにこりと笑い、立ち上がった。

「ちょっと待っておいで。すぐに出して上げるからね」

 そう言って魔法使いは扉をすり抜けて行ってしまった。足音が遠ざかって行くなか、シンデレラは安心感と幸福感で一杯だった。このまま出る事が出来るなら意地悪な姉が居る家に戻れるだけで幸福だと思う事が出来る、そんな気持ちになっていた。

 20分程経つと急いだような足音が聞こえ始めシンデレラが居る牢屋の前で足音が止まった。扉の鍵が開けられ、扉が開くと兵士が入ってきてシンデレラに手を差し出した。

「大変なご無礼を御許し下さい。王子がお呼びです」

 そう言った兵士の手を取りシンデレラは立ち上がった。兵士の後に着いていくと回りの扉から掠れた声が聞こえた。シンデレラの継母に姉達だった。掠れた声を聞く内に自分にも責任があったと思い、いたたまれなくなったので兵士に彼女達も出すように進言した。

「申し訳ありませんが私が聞いているのはあなただけなので」

 そう言うとすぐに前を見て歩き始めた。仕方なく遅れまいと着いていき、階段を上がり、大広間にでるとシャンデリアの眩しい光に目がくらんだ。大広間を抜け、一際大きい階段を上るとそこには兵士が両側にずらりと並び、真中には玉座があった。そしてその玉座には王子が座っていた。横には魔法使いが佇んでいる。

 シンデレラは王子の前に跪いて頭を垂れた。

「王子様、あの、私、私」

 シンデレラは口を開いたものの一体何を言えばいいのか分からなくなり、つい顔を上げて王子を見てしまった。王子はただシンデレラを見下ろしているだけで何の反応も示さない。さすがにおかしいと思ったシンデレラは隣に佇む魔法使いを見た。すると魔法使いはにこりと笑った。

「無駄ですよシンデレラ。王子の心は私が貰いました」

 シンデレラは理解出来ずにポカンと口を開けて魔法使いが懐から何かを出すのを見ていた。魔法使いが懐から出した物は瓶だった。瓶の中には形が曖昧な物が光り輝いていた。

「心とは曖昧な物。だけどこの光輝き方。とても強い心の持ち主だったのでしょうね」

 そう言って魔法使いは瓶をまた懐にしまいシンデレラに笑い掛けた。

「おばあさん、一体どう言う事ですか?」
「おお、シンデレラ。一つ昔話をしてあげよう」

 そう言って魔法使いはシンデレラに近づいてきた。シンデレラは何も分からずただ動けずに魔法使いを見ていた。

「昔々ある国に二人の魔女がいた、一人の魔女は城に仕え善意の限りを着くし、一人の魔女は城に取り入って権力を手にしようとしていた」

 王子の目には光が無くただそこにあるだけの抜け殻のようになっていた。良く見ると周りの兵士達も同じように目の光が失われていた。

「城に仕えていた魔女はその計画を知って魔女を退治しようとした。だけどその魔女は悪い魔女の罠に掛かり瀕死にまで追い込まれた。このままでは悪い魔女が城に入ってしまう、そう思った魔女は最後の力を振り絞って城に悪い魔女が入れないような魔法を掛けた。・・・ねぇシンデレラ、あなたは扉に描いてあった魔法陣を見たかしら?」

 シンデレラは自分が牢屋に入れられる前に扉に何かが描かれているのを思いだした。

「あれは魔女が入れなくなる魔法陣よ。でもあれは駄目ね。ただの人間がただ描いただけの魔法陣じゃ何も起こらない。けれど魔女が自分の命をとして掛けた魔法なら永久的に効力が残る。驚いた事にその魔女は城の周囲にその魔法をかけて悪い魔女を入れなくしたわ」

 多くの人間がいる部屋で、魔法使いの声だけが部屋に響く。シンデレラは一体何が起きているのか理解しようと必死に魔法使いの話を聞いていた。

「悪い魔女は激怒した。だけど悲観はしなかった。長い時間を掛けて抜け穴を作る事にしたの。その抜け穴は何十年も掛かってやっと完成した。そして悪い魔女はある少女に魔法を掛けて城に送りだした。魔女はその間抜け穴に入る為の準備に入った、時間が掛かってしまって少女がまだ城にいるかすら分からなかったけれど悪い魔女は抜け穴に入った。するとそこは城内の中。目の前では膝を抱えた可愛そうな少女」

 理解しようと心がけても話を聞いている内に訳が分からなくなり、胸の辺りに気持ち悪さが現れ始めた。理解出来ないのではなく、理解したくないのだ。

「魔女は可愛そうな少女を励ましながら内心で成功を喜んだ。そして王子に近づいて心を奪った。何故心を奪ったか。勿論権力が欲しいのもある。でもそれだけじゃない。シンデレラ、何故か分かるかい?」

 質問されてもシンデレラには答えようがなかった。それどころでは無く、自分の目の前にいるのは一体誰なのかを考えるので精一杯だ。

「おお、シンデレラ。突然過ぎて理解出来ないんだね。でも安心おし。これから時間は一杯あるのだからね」

 そう言って魔法使いはシンデレラを抱き抱えた。

「シンデレラ、魔女は魔法を使うのに自分の心を使うんだ。でも使いつづけると心は枯渇してしまう。だから魔女は思いついた、他人の心を使えばいいんじゃないかとね」

 魔法使い、否、魔女は懐から先ほど王子の心が入った瓶を取り出してシンデレラに見せつけた。シンデレラはようやく自分が利用された事を理解し、涙を流した。

「おお、シンデレラ。泣かないでおくれ。お前もこれから私の人形として働いて貰わないといけないのだからね」

 シンデレラは泣きながらも魔女の顔を見た。その顔は自分を慈しんでいた時の顔と全く違わなかったが、それでも今はとても邪悪な笑顔に見えた。魔女がシンデレラの目を真っ直ぐに見つめる。不思議とシンデレラは視線を逸らす事が出来ずただ睨み返す事しか出来なかった。魔女がシンデレラの目を見ながら何かを呟いた。

「・・・え?」

 違和感。魔女が何かを呟いた後自分の体にシンデレラは違和感を感じた。違和感を確かめる為に体を動かそうとしたが、全く動かなくなっていた。

「立ちなさい、シンデレラ」

 魔女がそう言うとシンデレラの意思では全く動かなかった体が反応し、シンデレラは立ち上がった。

「言ったでしょう?シンデレラ。お前にはこれから私の人形として働いて貰うと。でも喜んで。お前の最初の仕事は憧れの王子様との婚儀よ」
「一体私に何をさせたいの?」

 質問すると魔女は変わらずにこりと微笑んだ。

「お前と王子には全て汚れた役を買って貰います。しかし王子が急におかしくなったら民衆も訝しげると思うから、あなたと結婚したことでそうなったと思わせるのそうすれば不満はお前達に、私はただ安寧に暮らせると言う訳。でも安心おし、お前には贅沢な暮しを約束するよ」

 シンデレラは悔しさで涙が止まらなかった。それを見て微笑んでいる魔女が憎くてしょうがなかった。それでも自分の力ではもうなんともならなくなっていた。

「さぁシンデレラ、今日は部屋に戻ってゆっくりお休み」

 城の中に自分の部屋など無い、そう思ってもシンデレラの体はもう彼女の思い通りには動かず、体は城の上階へと向かい一つの寝室へと入って行き、そのままベットに倒れこんでしまった。

 その翌日に盛大な結婚式がひらかれた。正装した王子に綺麗なドレスを着たシンデレラ。城には豪華な装飾が施され何も知らぬ民衆が見ればそれはさぞ素敵な結婚式に映っただろう。しかしシンデレラにとっては違った。心を持たない王子に言葉すら操られるシンデレラ、それはたしかに人形のようで、豪華な装飾が施されたこの舞台も魔女が用意した人形劇の箱に過ぎなかった。

 婚儀が進められる最中、自分の意思では無く無理やり笑顔を作らせ、声すら出すことを許されない自分を無力に感じ、ただただ悔しい思いを胸に抱いていた。

 それから少して魔女は城に貢物を求め、金を徴収するなど圧政の限りを尽くし始めた。最初の内は民もしょうがないと甘受したが日が重なるにつれて不満が溜まっていった。しかしその不満は魔女に向けられる事は無く、王子とシンデレラに全てが向けられた。次第に城も城下町も暗雲に包み込まれたように静寂に包まれて行った。



 働いても見返りが少ないと民は仕事の手をよく休め、城下町には活気と生き生きとした草木などが無くなっていった。そんな城下町をシンデレラは涙を流しながら部屋の窓から見下ろしていた。

「私は、どうすれば・・・」

 シンデレラは自分の部屋でだけは自由を許された。しかし少しでも外に出ようとすればその体は動かなくなり、次の瞬間には人形のように自室へと戻っていく事になっている。彼女は窓際から離れ、ドアの前に立ち思考に耽った。彼女は自室にいる間の殆どはこうして費やしていた。自分に何か出来る事は無いか、自分に何が出来るかを。

―いずれ自分で解決しないといけない事があるかもしれないのだから―

 考えるたびにこの言葉がシンデレラの頭の中に響いていた。自分をここまで追い込んだ魔女の言葉なのか実に皮肉である。しかしその時と状況は違っても確かに自分で解決しないといけない自体にはなっていた。彼女は涙を流しながらも決して諦めてはいなかった。ただ自分の体の自由がきかないという事実が絶望に拍車を掛けていた。

「どうすれば?いいえ、出来る事は一つしかない」

 シンデレラはそう言い一歩前に出て扉のドアノブに手をかけた。実はこの行動も毎日やっていた事だがいつもは震えて開ける事が出来なかった。自信が無かったからだろう。しかし、ついに彼女はドアを開けた。そして一歩、ゆっくりと部屋から出るために足を踏み出した。

 綺麗な靴が赤い絨毯の上に降りた。暫く赤い靴は動かない。そして下がりもしなかった。

「体が、自由に。もしかして」

 そこまで言うとシンデレラは急いで行動を始めた。行き先は、地下牢だった。



 他の部屋とは違って一際大きい部屋、その真中にあるベッドに魔女は横なっていた。ベッドの傍らには果物と水晶。水晶には城下町の様子が映ってる。人々が飢え、争っている所を魔女は果物を食べながら愉快そうに見ていた。

 時折果物を鷲づかみにして口に運ぶその様はとても醜かった。動いてないのか体は太り、その目はどす黒く、以前とは違って堕落しきっていた。

 扉の方から小さな音が聞こえた。魔女は扉を見ると口を歪めて笑った。

「お入り」

 一言、呟いた。すると扉が開き、そこにはシンデレラが立っていた。彼女は悠然とした表情で魔女をみると軽く会釈した。

「あの部屋から出たときに今日来ると思っていたよ」

 魔女は体系こそ変わったものの以前と同じような笑顔をシンデレラに向けた。

「私も今日しかないと思いました。心が、少なくなってきているのでしょう?」

 魔女は心を使って魔法を使う、ならば自分に掛かった魔法を使い続けるという事は心を常に使うと言う事に等しかった。

「その通り。でも今日まで待っていたと言うのは、お前も悪い女だね」

 そう言って魔女は笑った。逆にシンデレラは俯き辛そうな表情へと変わる。そう、確かにシンデレラは待っていた。魔女がこの城にいた兵士の心を使って魔法を使い使いつづけて少なくなるのを。

「少なくなったとは言ってもまだまだ心は残っているよ。王子の心もまだ、ね」

 魔女は懐から王子の心が入った瓶を取り出した。王子の心は依然として光り輝いていた。

「もう、心は使わせません。今日私は、あなたを殺します」
「お前には出来ないよ」

 そう言い終わるや否や、シンデレラの体は動かなくなった。

「今日までお前の心を残しておいたのはただの暇つぶしさ。お前の悔しさが、憎しみが私を愉しませた。それもここまでだよ」
「いいえ、まだ、まだです」

 シンデレラは涙を流しながらも必死に抵抗した。しかし動きは重くなっても着実に魔女の前へと歩を進めていく。

「さよならだよ、シンデレラ」

 魔女が手をシンデレラの胸へと着き出した。しかしその手はドアが開く音と共に止まる。魔女が何事かとドアへと目をやるとそこには二人の異形の者がいた。

「なんだいあれは?」

 酷く驚いた表情で魔女は異形の者を見た。しかし良く見るとそれは人。薄汚れた全身に薄くなった髪、あばら骨の浮き出た体、生気の見えないその表情はゾンビと言って過言ではない。しかし彼女達は生きていた。

「私の、義姉達です。もう心は壊れてしまいました。けれど、魔女に憎しみを、いいえ、魔女の血に憧れを持って動いています」

 ゆっくりとシンデレラの姉達は魔女の側へとよって行く。彼女達は小声で、「魔女の血」「永遠の若さ」などと呟いていた。彼女達は確かに生きて、動いている。しかし心は死んでいた。

「う、動くな。止まれ!」

 魔女がそう叫び手をかざす。しかし彼女達は止まらなかった。ゆっくりと近づいていく。

「私は今日あなたをそして自分の心を殺します。さようなら」

 姉達に気を取られている隙に動けるようになったシンデレラは隠していた短剣で魔女の心臓を突き刺した。一瞬間を置いてからの悲鳴。

「呪ってやる!お前を一生呪ってやる!」

 最後にシンデレラに睨みながら叫ぶと魔女は生き絶えた。シンデレラは自分の両手についた血を見ながら後退りし、部屋を急いで出ていった。

 部屋に残された魔女の死骸に二人の姉が近寄って行く。そして血を飲み、各々。

「魔女の血!」
「永遠の若さ!」

 そう叫んで、息絶えた。



 シンと静まり返った王座の間。王座には王子が座っている。その目は何も映しておらず、からだがそこにあるだけだった。しかしどこからか光が舞い降り、王子の体の中に入るとその目に光が宿り、表情に変化が現れた。周りにただ立っていた何人かの兵士にも光が舞い降りた。

 王子は自分の手を見つめると指を動かし、自分の自由を確かめた。そして全身の自由が確認できるとハッとしたように立ち上がり、掛け出した。

「シンデレラ!」

 ダンスパーティーの時に始まった筈の時間が止められ、そして今動きだした。



 星空と月が城を照らした。照らされた城の屋上、そこにあるのは人の影。王子は息をきらしながら屋上の入り口から月明かりに照らされた少女を見つけた。少女は肩を震わせただ星を眺めている。

「シンデレラ!」

 王子がそう叫ぶとシンデレラは大きく肩を震わせ、恐る恐る振り向いた。王子は急いで掛けより、シンデレラの目を、顔を正面から見据える。

「ああ、王子様。ご無事で何よりです」
「シンデレラ、君のお陰だ。私は魔女に捕らわれていた心を通して見ていたよ」

 そう言われてシンデレラは顔を落とし、震え始めた。

「私は、醜い女です」
「何を」
「人を殺め、姉を利用し、兵士の心を義性にして、民に不幸を与えました」
「違う!君は最善を尽くした!」
「最善!?民が苦しんでいるのをただ見ているだけで、苦しんでいる姉に手を差し伸べるどころかそれを利用する事が最善なのですか!?」

 シンデレラの目から涙が溢れた。王子はそれをみて辛そうな顔をする。

「しかし、他にどうしようも無かった筈だ」
「いいえ、違います。私が城に行きたいと思わなければよかった。私が、私がいなければよかった!」
「シンデレラ!それは、それは違う!」
「違いません!それが、事実です」

 ダンスパーティーで一目合っただけで王子は彼女を愛した。たったそれだけの間だが王子は彼女が自分はいなければ良かったと言われるのが耐えられなかった。

「シンデレラ。・・・ああ、そうだ。その通りだ」

 王子は小さい声で、しかしはっきりと肯定した。シンデレラは俯いて動かない。

「しかしシンデレラ。それは起こってしまった事だ。変えようのない事実だ。だが私達は今生きているんだ。少しでも直せるとは思わないか?」

 王子は優しく語り掛ける。

「私はこれから、この国の王子として民に許しを請わなければいけない。だけど、民の怒りは私一人では重過ぎる」
「でも、私は」
「シンデレラ、君はきっと自分を許せないだろう。しかし誰がなんと言おうと、君が何と言おうと私が君を許そう」

 シンデレラはゆっくりと顔を上げて王子の顔を見た。その強い光を帯びた目は真っ直ぐ自分の目を見据えている。

「シンデレラ、私には君が必要だ。どうか私と一緒にこの国の為に尽くしてくれ」
「・・・はい」

 弱弱しくもシンデレラは王子に応えた。王子の言った通りシンデレラは自分を許せなかったが、王子の目を見て、決心した。例えこれから何と罵られようとも強く生きて、いずれ自分を許せるようになろうと。



 魔女が死んでから城は町復興に全力を尽くし、数日で溜まった不満を数年掛けて解消した。その後王子は結婚式を開いた。二度目の結婚式に、最初民は訝しげに思うが彼等の幸せそうな姿を見て祝福した。

 その後、町は安泰し、彼等も幸せに暮らしたそうな。