「あ、睦月君、この資料をお得意様に届けて欲しいんだけど」
「分かりました。何時までに届けた方が良いのですか?」
「特に指定は無いから気楽に行っていいよ。ただ速いに越したことは無いね」
「分かりました」

   上司の柳さんから資料を受け取り早々と支度を終えてエレベーターに乗り一階のボタンを押す。他に乗る人が居ないようなのでドアを閉め一階に着くまで待たねばならない。しかし一階に着く前に十二階で止まった。因みに私が仕事をしているのは十四階である。ドアが開くと一人の若い男が入って来た。オールバックで冴えた顔つき、青いワイシャツを着用していてとても似合っている。男は二十七歳という若さで上司に気に入られ仕事も難なくこなし仕事仲間からの信頼も厚いという凄い男だ。

「あれ?睦月さんじゃないですか。どうしたんですか?」
「いや何、いつものお得意様に愛の配達さ」

   私の言葉に声を上げて笑う男。顔つきに似合わず彼は笑い上戸なので良く笑う。そのこともあって酒の席でも仕事でも彼は皆のムードメイカーなのだ。

「それで、岸本君。君はどうしたんだい?」

   彼、岸本君は苦笑しながら小型のカメラを取り出し、私に差し出した。

「どう思います?」

   小型のカメラを良く見てみる。重さは特に問題は無いようだ。軽く、持ち歩きやすくしてある。次に柄だ。柄も大して問題はない。メタリックブルーで私の主観で言うと外見はかなり良いだろう。最近ではカメラに長時間動画を撮れるようになり、更にそれをよりリアルに見えるように立体映像で見れるようになっている。写真を撮るときは、フラッシュは勿論の事、逆光でも撮れるように工夫されている。

「ちょっと撮って良いかな?」
「どうぞ」

   了承を得、フラッシュを焚いて岸本君にカメラを向ける。すると岸本君は目を堅く瞑った。不思議に思いながらもシャッターを切るとフラッシュの光が普通より眩しく、岸本君が事前に目を瞑った理由がわかった。

「そのフラッシュなんですけど。押す時間の長さで光を調節出来るんです。ただ余りにも長い時間押しつづけると本当に失明しかねないほどの光が出るらしいんです」
「成る程、つまり君はこれを作った開発課にフラッシュが眩しすぎると文句を言いに行く訳か」
「そういうことです。全く困ったものですね。そのぐらいも調節出来ないのに良くこの会社にいられるものですよ。」

   笑っている岸本君にカメラを返したところでドアが開いた。7階、どうやら岸本君がいく開発課があるのはこの階らしい。別れの挨拶もそこそこに岸本君はさっさと歩いて行ってしまった。そして私も直ぐにドアを閉めるボタンを押した。

「う?」

   その時、一瞬だが目の前がテレビの砂嵐のようになり音も何も聞こえなくなったが、一瞬でそれは直りその後はなにも問題がなかった。何だろう。特に気にすることはないので私はすぐに会社を出た。

   因みに私が勤めているこの会社、エレクトロステアーは開発課だけしかない。本社は別にあり、此処は開発だけに専念し、厳しい審査を通して本社に送られて始めて製品化される。開発されるのは主に電化製品である。近年、電化製品が著しい進歩を遂げ、大量に売れるようになったのは我が社のお陰とも言える。正確にはこの会社の前社長のお陰なのだが。

   この会社は前社長が始めた子会社だった。しかし前社長はその頭脳であらゆる電化製品を開発し、会社を大きくし、二代目にして「電化製品といえばエレクトロステアー」という状態にまで上り詰めた。その為給料は良く、課長にまで行くとかなりの収入が入ってくる。しかし課長になる者はやはり実績が良い者でないと無理なのだ。しかし誰もが憧れ、その座を狙っている。私もその一人だ。

   私の勤めている会社では一階一階に開発課があり、第一開発課から第十七開発課まである。つまり私はその中の一つの課長の座を狙っている訳だ。

   それから、お得意様というのは私達が開発した製品を売ってくれるところだ。私達は主に資料を渡してどのように改良すればいいのかを聞き出し、更に良い商品を作ろうという魂胆だ。当然、その商品が売れれば向こうの収入も良くなるので向こうも必死だ。

   店は地下鉄で十分、その後歩きで15分といったところにある。着いたら私は早速資料を見せ、どのような場所を改良すれば良いかを詳しく聞き、意見を言い合った。これも大切なことである。ここで私が言った意見が良いものであれば勿論お得意様からの評価も本社からの評価も上がる。つまり課長の座まで一歩近づく事になるのだ。逆に意見がとても採用できるもので無ければ評価が下がり、失敗ばかりしていると首が飛ぶ。

   今回は私の意見は重宝された。つまり評価は良い方にいった訳だ。

   私はもう三十の後半を迎えていて妻子持ちだ。生活は今のままでも十分だが課長になれば給料も大幅に上がり、生活がかなり楽になるだろう。ただし課長になったからといって怠けていると直ぐに外されることになるから油断は出来ない。

   資料を渡し、話はすぐに纏まったので早々と会社に帰るとまた岸本君とばったり出くわした。

「あ、睦月さん。いい所に」
「?どうした」
「いえ、実はさきほど見せたカメラがあったでしょう?」

   さっきのエレベーターの中で見たあれか。フラッシュが眩しすぎて文句を言いに行ったらしいが、その関係だろうか。とりあえず私は頷き、ああ、と言った。

「実はそれを開発したのは第七開発課の課長だったんですよ。それでどうしても僕の意見を聞いてくれなくて」

   なるほど、そこの課長も必死なのだろう。此処で自分の意見を守り通さなければ平社員に後戻りに一歩近づく事になるのだから。こういうことは頻繁にある。自分の地位を守り通す為に自分の意見を決して曲げずに本社に採用するように頼むことは。

   ただ今回のはそうもいかないだろう。失明する恐れがあるカメラなど誰も買わない。それどころかクレームが大量に来てこの会社が危うくなることもある。だがその課長はいまさらそれを止めることは出来ず、やり方は同じだが、失明する恐れがあるほどの光が出ないようにしようと言うのだろう。だがそれでも効率が悪いのは誰でも分かる。押す時間によって決めるというのはどのぐらい押していればちょうど良いのか分からないのだから。どちらにしろ今その案を止めたほうが無難であろう。

「分かった。私も着いて行こう」
「助かります。でも、時間は?」

   少し申し訳なさそうに岸本君は聞いてきた。しかし特に急ぐ理由も無いので時間は大丈夫だと彼に言い、私達は第七開発課に向かった。

   一応言っておくが私はただの平社員だ。岸本君が私を頼りにしているのは決して私が高い地位にいるからではない。そういう経験は私の方が多く、それに彼と初めに話したのは私らしい。そして一番気が合うらしいのだ。そんなことで私達はお互い信頼しあっている。彼は良く出来た性格を持ち、頭が良いので度々私もお世話になっている。

「ここですね。失礼します」

   ノックをして私達は第七開発課の課長がいる部屋に入り、課長の前に立った。

「また君か。何度言っても私は変える気は無い」

   良くいる頑固親父か。こういうのはこっちが下手に出ると調子に乗る。強気で良く必要があるな。

「しかし課長、これでは誰も買いません。岸本君の言う通り、フラッシュの明るさの種類を五、六個に分けてボタンにする方が無難です」

   私が意見すると苛立ったように私を見た。

「何だね?君は」
「失礼、申し送れました。第十四開発課の睦月と申します」
「ふん、柳の所か。甘い奴等ばかり集まっていると聞いているが。そんな輩に意見されるとはな」

   本人は聞こえないように言ったつもりだろうが私にははっきりと聞こえていた。それと同時に怒りが込み上げて来た。第十四開発課の課長、柳さんは他の課長とは違う。柔軟な考えで部下の意見をきちんと聞き、自分の考えが間違っていれば正し、部下が間違っていればどのように違うかを教えてくれる。私にとって憧れの上司なのだ。だから柳さんを馬鹿にする発言があれば私は許さない。しかし仮にも目の前にいるのは課長だ。殴ることも暴言を吐くことも出来ない。ならばどうするか。

「どうしてもというのなら今すぐに支部長にこのカメラの資料を渡して下さい。岸本君の考えと課長の考え、どちらが良いのか聞いてみましょう」

   脅す。ここの支部長は課長にも厳しいのでどちらがいい判断かちゃんと考え、答えてくれるだろう。ただ厳しすぎるという意見も無くは無いが。

「そ、そんなことする必要は無い。これはもう決まった事だ、今更お前達が意見したとしても変わらん」

   最後の方は勝ち誇ったような口調に戻っていた。しかし此処で引くほど私は甘くはない。

「岸本君。今回のカメラの資料をコピーしてくれ。それから君の考えを十分以内に書類に纏めて」
「分かりました。早急に資料の方は手配しておきます。書類の方は五分で片付けます」

   十分でもどうかと思ったが五分と言い切るとは。しかも岸本君はやると言ったことは絶対にやるから本当に五分で片付けるだろう。そのまま課長の部屋を失礼しましたと言い切る前に出て私は例のカメラをその課から拝借し、先に戻った岸本君のいる第十二開発課に来た。

   岸本君は本当に五分で書類を纏めて私にカメラの資料のコピーと一緒に差し出した。後は支部長に会いに行けばいいだけだ。



「どうぞ」

   秘書の人に促され私達は支部長に会いにやって来た。軽くノックし、失礼しますという言葉と共に支部長室に入る。入ると厳格そうな顔つきの五十歳前後の男が椅子に座っている。彼が支部長の柿沼さんだ。それにしても、いつ来ても居心地がよさそうに感じる部屋だが、支部長が座っているところを見るとそう言う気も無くなる。支部長だからといって此処の社員を管理するだけが仕事では無い。彼自信も開発、設計を行い、本社から給料を貰っているのだから。

「……確か、睦月君だったね」

   私が此処に来る事は決して少ない事ではない。しかも来る時は必ずと言って良いほど今回と同じケースだ。だから私は影で『潰し屋』と呼ばれている。名誉なのか不名誉なのか。というより課長が頭が固い連中ばかりなのだ。もっと柳さんのような柔軟な考えなら私も講義することは無いだろう。とりあえず何回も此処に来ているのでついに名前を覚えられてしまった訳だ。

「ええ、そうです。……それで………」
「言わなくて良い。君が後ろに他人を連れて書類を持ってくるときは大抵決まっている」

   彼の言葉に苦笑しながら私は第七課長の資料とカメラそして岸本君の書類を渡した。

「こっちが第七課の課長が考えたカメラです。しかし押す時間でフラッシュの光が調節出来るのは余りにも効率が悪いと思いまして。そしてこっちが、私の後ろにいる岸本君の考えを書いた書類です」

   二つの書類を説明して一旦言葉を切る。最近分かったことだが、柿沼さんは書類や本を読む時などは誰にも邪魔されたくない性格らしい。

   数分して読み終わったのか、彼は顔を上げこちらを向いた。

「確かにこれは効率が悪い。こんな物、商品にするどころか審査にすら落ちる」

   その言葉にいつのまにか私の隣に立っていた岸本君は表情だけ嬉しそうな顔をした。しかし私にはまだ安心出来なかった。今回のは私にとっては一番大切なことだからだ。ここで岸本君の案が採用されれば評価が高くなり、第七課の課長になれる可能性すらあるのだ。私も勿論課長の座は欲しいが私よりも彼の方がよほど良い仕事を出来るであろう。それに私も彼の力を買っている。是非とも彼には昇進して欲しいのだ。

「それで、岸本君の案はどうでしょうか?」

   つい気になったので柿沼さんが喋るよりも早く問いだしてしまった。しかし悪い返事は無いだろう。

「ああ、彼の案は少し無難すぎる気もしなくは無いがとりあえずこのカメラをこのまま作り続けるのであれば彼の案でいこう」

   その言葉に私の心が躍った。後はカメラが審査に通って商品化されれば岸本君は課長になれる可能性が一気に上がる。

「有難う御座います。ではこれから第七課に通達してきますので書類と判を貰いたいのですが」
「いや、その必要は無い。彼は課長になってから急に開発するものが酷くなってね、もうそろそろ首にしようと思っていたところだ。私から言っておこう」

   私の心は更に跳ね上がった。このまま行けば岸本君が課長になるのも夢では無いだろう。私は岸本君を連れ、嬉々として部屋を出た。

   そしてカメラはそのまま岸本君の案でいき、見事審査に通って本社に送られた。後は一週間か二週間して岸本君の実績が認められれば彼の所に通達が来るだろう。私は自分のことでは無いのにその一週間後が楽しみであった。

   一週間はあっという間に過ぎた感じだった。もうそろそろ岸本君のところに通達が来るだろう。そう思いながら私は新しい設計図に手をつけていた。その時だ。柿沼さんから私の呼び出しの放送が流れた。何だろう、設計図をそのままに私は支部長室に向かった。




「突然だが君には第七課の課長に就任する」
「……は?」

   突然言われて遂間抜けな声が出てしまった。空耳だろうか。しかし私の耳にははっきりと聞こえていた。まさか私が課長に就任されるとは。

「嫌でもこれは本社が決めたことだ。やってもらうぞ」

   ぼーっとしている私を見て柿沼さんは私が課長になるのを嫌がっているように見えたのだろう。私は彼の言葉を聞いてハっと我に返った。

「い、いや。嫌だなんてとんでもない。寧ろ有難い限りです。しかし」
「しかし?」
「この前のカメラの案は岸本君が出した案です。課長に就任するのは彼の方ではないでしょうか」

   これは私の本音だ。確かに私は課長にはなりたいが、それ以上に岸本君に課長になって欲しかった。彼はいずれこの会社の重役になれるだろうと私は踏んでいるからだ。昇進は早い内が良い。

「確かに岸本君は実績は良い。ただ入社してから日が浅い。もう少し経験を積まなければいけないと思いったのだよ。そして君の実績を見てみたら君もなかなかだったので本社に君を課長にするように推薦しておいた。そして今日私の所に通達が来たのだよ」

   信じられなかった。夢見ていた課長の座が既に目と鼻の先なのだから。礼もそこそこに私は室長室を出た。そしてその事を柳さんに報告しに行く事にした。

   柳さんは自分の事のように私が昇進する事を喜んでくれた。私も岸本君をそんな目で見ていたので気持ちは分かるし、更に柳さんが私をそういう目で見てくれた事がまた更に嬉しかった。今日は飲もう。



   岸本君を誘い、行き着けの飲み屋にやって来た。そこの店主は大柄な体つきで怖そうな顔をしているが根は優しく、とても良い人だ。私がその事を話すと彼は大いに喜んで今日は俺の奢りだと叫んでいた。

「それにしても凄いですね。遂に睦月さんも課長ですか」
「ああ、入社してから七年。私は今日という日を神様に感謝しよう」
「いつから宗教家になったんですか」

   酒が良く回っているのか。岸本君はいつもより大きい声で笑っている。岸本君は私が昇進する話を聞いてそれは喜んでくれた。

   私は有頂天になっていた。いや、今が幸せの絶頂なのだろう。一昨日、私の娘は高校受験に合格した。それは私達家族全員が望んでいた高校だったので言う事無しだった。それから四日前、妻が趣味で書いた絵がコンクールに入賞した。特に珍しいことではないが、そういう物に私の妻の物が評価されるというのは嬉しいものだ。そして一週間後、第七課の課長が退社すると同時に私は第七課の課長になるのだ。

   しかし同時に不安もあった。いつかこの幸せが崩壊してしまうのではないかと。そんなことは絶対に御免だ。そんな事を考えているうちに時間は過ぎていった。

   飲んで飲んで飲みまくって私達は帰るときはべろんべろんになっていた。良い気分になって帰っている時だ。

「!?」

   また私の目の前が砂嵐のようになって何の音も聞こえなくなったのだ。それは大体二、三秒で終わった。

「どうしたんですか?飲みすぎですか?」

   酔っているのか、心配した気配もなく岸本君は私にどうしたのか聞いてきた。そうだ、きっと酔っているのだろう。私は彼に多分そうだと言い、途中で分かれて家に帰った。

   しかしそれは酔いのせいでは無いことが分かった。酔った日の一日後は無かったが二日後にまたその現象が起こったのだ。それどころかその後日には連続して起こっていた。会社の皆に病院に行けと言われて行ってはみたが、特に異常はみられなかった。

   そんな事は気にすることなく日は過ぎ、瞬く間に一週間が経っていた。そして今日、私は課長に就任した。同時に娘を差し置いて妻とレストランに行く事になっていた。今日は妻との結婚記念日なのだ。

   仕事をそこそこに切り上げ、私は妻が待つレストランへと向かった。そしてレストランに入って妻の姿を確認すると私は妻に歩み寄った。妻も私に気づいたらしく私の方を向いて微笑んだ。

   突然だった。あと少しで妻のいるところまで行く筈だったのだが急に強烈な眩暈が私を襲ったのだ。強い脱力感が全身に覆われ私はその場にしゃがみ込み、目を覆う。大丈夫、すぐ直る。自分にそう言い聞かせたが眩暈は直るどころかもっと酷くなっている。近くで誰かの声が聞こえる。妻だ。しかしどんどんその声は遠ざかっているような気がした。そして次の瞬間、私の目の前はテレビの砂嵐のようになってその後真っ暗になった。




「起きたぞ!」
「本当だ!遂に起きたぞ!」

   目が覚めるとそこはレストランでも近くの病院でも無かった。見た事もないような場所で私はカプセルのような物に入っていた。

   目の前で騒いでいるのは、当たり前だが人だ。ただ全員が全員身長が高い。優に2メートルを超すだろう。それほど珍しいことではないが、十名余りの全員がそうなのだ。そしてその人たちは全員白衣を着用していた。とりあえず一体何があったのか聞きたいので体を起そう。

「あの、すいません。此処は何処ですか?妻は?」
「説明して分かるかは分からないけど、ここは新芽という名の研究所だよ。そしてこれこそ信じられないだろうけど、あなたは今から三千年も前の人間です」
「は?」

   何をいっているのだろう。私が三千年前の人間だという。そんな筈は無い。

「言っている意味が分かりません。私は今年で三十七になりますが、三千年も生きてはいませんよ」
「信じられないのは分かりますが、事実です。三千年前、地球は温暖化によって滅びる寸前でしたが、先祖達はそれを乗り切るために冷凍睡眠装置を使って人間をここに寝かせたのです。地球が安全になるまで。しかし二人の先祖を除いて起きるものがいなかったのです。そして三千年経った今、あなたが二人の先祖に次いで私達にとっては初めて起きた人です」
「何を言ってるんですか。私は三十七年生きていますが地球が温暖化で滅びるなどという話は一切聞いておりませんよ。それに冷凍睡眠装置に入った覚えもありません」

   私がそう言い切ると研究員の人たちはやはりという顔で私を見ている。一体なんだというのだろう。私は彼らに対して苛立ってきた。

「冷凍睡眠装置なんですが。実はそれにはドリームメイカーと言う装置が内臓されているのです。どう作られているのかは良く分かりませんが、冷凍睡眠中に精神がドリームメイカー内で生きていくと言う物らしいのです。多分起きたときに生活のしかたを忘れないようにだと思うのですが。そんなことではなくて、多分あなたはそのドリームメイカーの記憶しか残っておらず、三千年前に生きていた時の記憶を無くしているんだと思います」
「じゃ、じゃあ妻も、エレクトロステアーも全て作られた物だと言うのですか!?」

   つい耐え切れなくて怒鳴ってしまったが向こうは対して気にした様子も無く頷いた。そんな、今までの私の生活は全て嘘だったというのだろうか。妻と愛し合ったことも、この間岸本君と飲みに行った事も、昇進したことも、全て嘘だったのか。いや。

「そんなこと信じられる訳無いじゃないですか!」
「信じなくてもこれは事実です。理解して下さい。あなたは私達にとって必要な人なのだから」
「どう必要だと言うんですか?」

   私の声は震え、掠れていた。

「私達は三千年前の人達とは違って細胞が変化してしまっているのです。だからあなたの体の細胞と私達の細胞や病気などの抗体、遺伝子等を比較してみたいのです」
「それはつまり、モルモットになれという事ですか?」
「その通りです」

今まさに私の幸せの絶頂が崩壊した。