21世紀、人々は何の変化も無く過ごしていた。
 変わらない生活、変わらない習慣。
 しかし22世紀初頭、突然変化が訪れた。
 予期しなかった突然の温暖化の増加。
 それにより海の水位が上がり多くの諸島が海に沈む事になった。
 世界に小さな島が消えた頃、また変化が起こった。
 温暖化が急に減少し、海の水位が戻ったのだ。
 不思議に思った多くの科学者が解明しようとしたが分らなかった。
 科学者が四苦八苦している時、全世界の情報を知る元、テレビで一人の少年が出た。
 彼は言った。

「僕が空気を操り温暖化を静めた」

 とある少女が言った。

「私が水を操り海の水位を元に戻した」

 それと同時期に各地で突然木々が急激な速さで育っていると情報が入った。
とある青年が言った。

「俺が木を操り、木を育てた」

 各地で同じような事が起こっていた。
 多くの科学者がこれにも真相の究明をしようとしたが原因は分らなかった。
 何かの冗談と思った者もいたが冗談ではなく、自然を操る者は急激に増加していた。
 そんな中、こんな説が上がった。

 地球のバランスを保つ為に突然変異したのでは無いか。

 多くの者が賛同したがそれでも納得出来ない者も多かった。
 何故ならバランスが保たれた今になっても彼等は増え続けているからだ。
 しかし真相が分らない今、その説が一番有力とされている。

 彼等は第二種の人間と言われ、また、ナチュラルクリエイターと呼ばれた。

 地球の環境が安定し、様々な諸島も第二種の働きで元に戻った。
 第一種の人間、彼等は第二種の人間の力を探求する内にその能力を実用化する為に協力を求めた。
 人間として過ごすには第一種と全く変わらない彼等は当然承諾した。
 それ故に22世紀中期に科学力は増強した。

 第一種は科学力の探求に多いに力を伸ばし、エターナルインクワイアーと呼ばれるようになった。

 しかしそれと同時にその力を悪用する者が現れた。
 第一種の者は兵器を作り、第二種に対して実験を行った。
 その事が公になり第二種の一部は第一種から第二種に対しての宣戦布告とみなし、敵対する事になった。
 これは後に分った事だが最初に第一種に攻撃した第二種の人間もまた、自分の力を悪用していた者だった。

 そしてその事をきっかけに第一種と第二種の戦争が始まった。
 このような自体に人は影響されやすく、戦争に同調する者が多かった。
多い、と言っても全ての人ではない。
 勿論平和を願う者がいて、彼等は戦争を止めようとした。
 しかし戦争は終わらなかった。

 平和を願う者の努力も虚しく、戦争は5年も続いた。
 第一種の科学力、第二種の能力で地球は朽ち果てようとしていた。
 そんな時にまた変化が訪れた。
 戦う第一種と第二種の間に人々が入り、戦闘を止めろと言った。
 しかし両者は構わず彼等に攻撃した。
 だが、攻撃は当たらず、彼等は無事だった。
 彼等はもう一度言った、戦いを止めろ、と。
 第一種も第二種も構わずまた攻撃をしたが彼等に当たる事は無かった。

 各地でこのような人物が増え、彼等は第三種、ピースコンダクターと呼ばれた。
 平和への指導者。
 このような願いが込められた名前だった。

 第三種の者は特殊な結界を使えるようだった。
 しかし攻撃は出来ず、第一種も第二種も戦争を止めようとはしなかった。

 そこで第三種は第一種、第二種の平和を望む者を集め、同盟を組んだ。
 彼等は増大し、各地の戦闘を収まらせた。
 戦争が始まってから7年目、彼等は第一種と第二種の和平を実現させた。

 しかし7年と言う間の確執は各地で収まらない場所もあり、それは普段の生活にも影響した。
 特に影響したのが学校である。
 大分自制が利く大人とは違い子供はその感情を剥き出しにした。
 その為、第一種、第二種、第三種で分かれた学校が今は多いのだ。

 そんな中、その確執を埋めようと努力する者達が現れた。
 彼等はテストケースとして幾つかの学校を建てた。
 目的としては学校と言う閉鎖空間の中でどれだけ違う種同士で理解し合えるか。
 そのテストケースは各地で成功した所もあったが割合としては未だに確執がある学校の方が多い。

 そしてそのテストケースである霧明中学校。
 そこでもまた少しでも確執を埋めようとする生徒達が存在した。





 肌寒い風が吹く冬、少年は身を厚手のコートに包みながら登校している。
 コートだけでなくマフラーと手袋、更に防止まで着用している事から彼が極度の寒がりなのが分る。
 そんな彼の横を通り過ぎる半袖短パンの小学生を見て少年は心の中で元気だな、と笑った。

 霧明中学校の正門を通り、知り合いに挨拶をしながら入ると途端強い風が吹いた。
 またか、と内心ため息をつきながら周りを見渡すと二グループ程の塊が向かい合っていた。
 第一種と第二種の喧嘩である。
 これは既に日常茶万事と化しているので気に止める人は少ない。
 いるとすれば彼等の友人と思える者か少ない第三種の人間、そしてこの手の出来事が好きな野次馬だ。

 第三種は主に中立を保っていて仲裁に入るのも大抵彼等の役割だ。
 ただ当然一人か二人程間に入ってもその喧嘩は終わらないので少ない人数だけだと止める事が出来ないのだ。

 少年は野次馬に混じって二グループの会話を聞こうとした。
 両グループ共に怒鳴りあっていて今にも爆発しそうである。
 実際第二種と思われるグループの中の一人が既に彼等の周りに風を起こしている。

 同様に第一種のグループの一人が高電圧のスタンガンらしき物を構えていた。
 無論、学校内で喧嘩の為に能力、道具を使うのは禁止されている。
 しかしいつも抗争が耐えない彼等は必ずと言って良いほどその校則を守らない。

 今回の喧嘩の理由は単に第一種の生徒が第二種の生徒にぶつかり、謝らなかったと言うなんとも小さい原因である。

「朝から元気な事で」

 少年は呆れた声でそう呟いた。

「でも放って置くわけにはいかないでしょ?」

 後ろから高い声が聞こえ、少年が振り返るとそこには一人の女生徒がいた。
 特に驚きもせずに頷くが動こうとしない。

「ちょっと」
「クリエイターの俺とインクワイアーのお前だけで止めに入っても俺等が喧嘩に混じるだけだぞ」
「それでも……」

 女生徒は何か言いたそうだったが少年の言っている事が正しいと思っているらしく、言葉が続かない。

「大丈夫だろ、あいついつも狙ってるんじゃ無いかって程丁度良い時に来るし」
「まぁ、ね」

 少年の言葉に同意を示すがいまいち納得出来てないようである。
 それもその筈、先程も述べた通り彼等は今すぐにでも実力行使に入りそうだからだ。

 そして女生徒の心配通り、第一種の高電圧スタンガンを持った男が飛び出して第二種の男を狙った。
 その行動に慌てた第二種の男はすぐさま風を起こして第一種の人間を襲う。
 両者に当たったと誰もが思った。
 しかしその間に一人の男子生徒が割って入っていた。

「はいそこまで」

 男子生徒は笑顔で両者にそう言うと二人を下がらせた。

「ほら来た」
「ホント良いタイミングよね」
「キングオブカッコ付けだからな。ミスターカッコ付けでも良い」
「どっちでも良いわよ」

 多少呆れながらもそんな会話を交わす。
 二人はとりあえず成り行きに身を任せる事にしたのか、動こうとはしない。

 止めに入った男子生徒は両グループに止めろと言っているが両グループ共に止める気無いのか、好戦的な目で男子生徒を通り越して睨み合っている。

「朝っぱらからこんな事してないでさ、早く教室に行った方が良いと僕は思うんだけどね」
「五月蝿ぇ、てめぇには関係無ぇよ」
「そうだ、それに俺等としてはそこの奴らに土下座でもさせないと気が済まねぇんだよ!」
「んだとてめぇ!」
「だから止めろって」

 止めようとしている割には余り焦って無い男子生徒を見て少年は軽い頭痛に襲われた。
 確かに男子生徒には止める気があるのは知っているがゆとりを持ちすぎていて全然止めようとしている風に見えないからだ。

「駄目だ、見てられん。行くぞ」
「そもそも守に任せるってのが間違いなのよ」

 そう少年に言いつつも自分も行かなかった女生徒を軽く睨んだ後に彼等も歩き出した。

「大体てめぇらコンダクターだからっていつもデカイ態度取ってんじゃねぇよ!」
「いつも止めやがって、邪魔なんだよ!」

 いつの間にか話が変わって矛先は男子生徒、守の方に向けられているらしい。
言われている守は絶えず笑顔を崩さずに止めようとしている。

「そうは言われても僕等はこの学校で共に学ぶ為に入ったのでは?」
「五月蝿ぇ!守る事しか出来ない奴が偉そうな事言ってんじゃねぇ!」
「んじゃ攻撃が出来る俺達ならどうだ?」

 そう良いながら少年と、女生徒は守の側に立ち、両グループに言い放った。

「あんたも十分カッコ付けじゃない」
「うるへ」
「何だてめぇらは!」
「共学派だよ共学派」

 霧明中学では今三つの勢力がある、対立している第一種のインクワイアー派と第二種のクリエイター派、そして中立の第三種と彼等と同調している少ない第一種、第二種の共学派である。
 彼等は日々放課後に会議をしており、上下関係をはっきりさせようとしている第一種、第二種のグループと、同じ条件で共に勉学をしようとする共学派の提案とで 議論が交わされている。
 創立六年目のこの霧明中学では未だにこの議論が平行線に交わされている。

 少年がその共学派と言うと対立している第二種のリーダーらしき男が鼻で笑った。
 少年を見る眼も見下しているような目つきである。

「つまり裏切り者か」
「どっちが」

 確かにどっちもどっちなのである。
 確かにクリエイターに関わらず共学派に行ったと言う事は裏切り者なのだが、この学校の目的は共に学ぶ事であり、中立派の意見が正しいと言えるからだ。
 ただ教師達も話合って皆が納得出来る結論を出して欲しいようで口出しはしてこないのだ。
 勿論喧嘩の仲裁は教師も何度もやっている。

「もう良いからさっさと教室に行けっつうの」
「あんた達が喧嘩する毎に私達が止めないといけないから迷惑なのよね」
「君達何しに来たのさ」

 苦笑しながら守に言われた二人は何も言わなかった。
確かにこんな挑発的な態度だと喧嘩をしに来たと言われても否定は出来ない。

「ッハ!喧嘩をしに来た奴が喧嘩をする事程馬鹿な事は無ぇな!」

 第一種からの挑発的な言葉を浴びせられる三人。
 だが誰一人としてその表情は揺るがない。
 いや、少年だけは不敵な笑みを浮かべている。

「別に俺は今すぐ喧嘩してお前等保健室送りにしても良いけど?」
「病院じゃなくて保健室ってとこが余り迫力ないね」
「うるへ」

 少年の言葉に両グループ共にじりじりと三人に詰め寄ってくる。

「あーあ、結局こうなるんじゃない。あんたのせいで校則破る事になるなんて嫌よ」
「じゃぁ下がってろ。俺と守だけでやるから」
「冗談言ってんじゃないわよ」
「へーへー」
「あの、僕の意見は聞かないのかな?」
「旅は道連れ世は情け」
「諦めなさい」

 二人にそう言われて守は苦笑した。
 そして苦笑しながらもいつでも動けるような体勢を取る。

「いくぞ!」
「いくな馬鹿」

 少年が第二種のグループに向かおうとした時にその声が掛かった。
 踏み出した足を止めようとしたが止まらずバランスを崩したが何とか留まり少年は声がした方を向いた。
 そこには長髪で、冷め切った目つきをした男子生徒と後ろに教師と思われる男が立っていた。
 教師が一歩前に出て手を叩いた。

「はいお終い。皆早く教室に行って」

 両グループから小声で不満声が聞こえたが何事も無く解散した。
 少年達もこれを好機と思ったか一緒に行こうとしたが長髪の男子生徒に止められた。

「何で止める側のお前らが喧嘩しようとしてたんだ?竜樹、陽子、それに守まで」
「成り行き上」
「成り行き上で喧嘩吹っかけんじゃねぇよ馬鹿」
「まぁまぁその辺で」

 この小競り合いを止めたのも教師だった。
 教師は人の良さそうな笑みを向けて学校を指差した。

「本当に遅れるから君達も早くいきなさい。秋人君、暴言は控えめにね。それからこれからは喧嘩をしないように」
「喧嘩してたのは向こうですけどね」
「それで一緒に喧嘩しようとしていた馬鹿は誰だ」
「そんな奴いたか?」
「私は知らないわ」
「僕も」

 白々しい事この上ない発言に教師は苦笑し、秋人は絶えず冷めた目を向けている。

「では先生、失礼します」
「うん、また後で」

 そう言って彼等は教師と分れて教室へ向かった。




 3−B、昔と変わらずそう書かれたプレート。
 教室に入ると思わず竜樹はこめかみを押さえた。
 教室では大体三グループ程に分かれていた。
 第一種が窓際、第二種が廊下側、そして第三種と共学派と思われる生徒が中央教壇よりに位置している。
 第一種と第二種は険悪そうに睨み合い、そして第三種は我関せずとはいかずとも肩身が狭そうに喋っている。

 実際いつもこのような状況な訳では無い。
 ただ今日は朝の喧嘩の元が同じクラスの生徒だったと言う事だ。

 こめかみを押さえている竜樹とは違い同じクラスの秋人は何事も無いように自分の席へ着いた。
 位置としては丁度第一種と第二種の間。
 当然睨み合っていた彼等の視線は秋人へと注がれる。
 しかし秋人は涼しい顔で前を見て呆けているだけで何の反応もしない。
 と思いきや急に竜樹を見て口を開いた。

「達樹」
「何」

 近づきながら竜樹はそう言った。
 竜樹も別段焦りも何の表情も出してないが内心冷や汗が流れていた。
 長い付き合いの秋人の頼みは何となく分ったが達樹はとりあえず自分の席へ着いて鞄を下ろした。
 今や教室の注目は二人に注がれている。

「ノート貸せ」
「100円」
「高い」
「50円」
「良いから貸せ、馬鹿」

 鞄からノートを取り出した達樹はノートを秋人に向かって投げた。
 受け取った秋人は即座に自分のノートを取り出して写し始める。

「眠ぃ」

 そう良いながら浅い眠りにつき始めた達樹。
 それを合図として教室の険悪なムードは何処と無く無くなった。
 馬鹿らしくなったのか、それともきっかけが見つからなかったのか、とにかく教室に穏やかな空気が戻った。

 数分してから担任が現れた。
 先程秋人と一緒に来た教師である。
 担任、羽柴は黒板の前に立つと号令を掛けさせた。

 因みに、今現在主に使われているのは黒板では無く巨大なテレビのような画面である。
 ただこの学校では予算と言う問題では無く、多少なりとも昔からの事柄を残しておこうと言う配慮だ。
 とは言っても大教室ではそのモニターが使われており、今生徒が座っている机にもノートパソコンのような物が内臓されている。
 要はまだ未発達、または考察の段階なのだ。

 HRは一つの問題を除いて、大した連絡は無く終わった。
 その問題とは最近学内で起こっている第一種、共学派狩りである。
 三期生のこの学校の、三学期の始めから始まった事件である。
 最初はただの喧嘩かと思われたが被害は急増、やられるのは大抵第一種か共学派からして犯人は第二種に絞られた。
 しかし彼等は誰一人として証拠を残さなかった。
 更に使われていたのは主に第一種が使う武器が主と言う事で多少なりともかく乱してある。

 大抵第二種の人間は第一種の武器を使わない。
 その理由はプライドと過信である。
 第一種の武器は確かに強力だが、第二種から見れば第一種が作った武器を使うのは屈辱なのだ。
 それは確実に過去の確執から来ていた。
 そして彼等は第二種としての能力を過信していた。
 第一種には出来ない自然を操る能力。
 それは確かに強力であり、一時期は第二種の方が優勢だった事もあった。

 その理由から第一種の生徒が第二種の生徒を陥れようとしているのでは無いかと言う意見もあった。
 大半はそう思わせる為のカモフラージュでは無いかと思っているようだが。

「どう思うよ」

 HRが終わり、1限目が始まる前の時間に竜樹は秋人に聞いた。

「何が」
「狩りだよ狩り」
「馬鹿のやる事は知らん」
「んな身も蓋も無い」

 結局秋人は竜樹のノートを写すのに時間が掛かっているようなので意見を聞くことは出来なかった。




 昼休み、彼等は秋人の机付近に集まって昼食を食べている。
 守や陽子も別のクラスから来て一緒に食べている。
 その理由は昼休みも竜樹のノートを秋人が写しているからだ。

「毎回言ってるけど絶対あんた達逆」
「何が」

 突如そう切り出した陽子に竜樹が聞き返す。
 秋人は食べながらノートを写している。
 その耳には恐らく殆ど何も入って来てないだろう。

「だってどう見ても秋人の方が頭良さそうじゃない」
「あのですね、俺は毎日遊んでるこいつと違って勉強してるの」
「そんなの知ってるわよ。問題は外見」

 陽子が言っているように秋人は多少髪を伸ばしているが容姿端麗、身は引き締まり文武両道タイプに見える。
 一方竜樹は髪を茶色に染め、イヤリングをしている不良のようなタイプ。
 決して顔は悪く無いが目つきとその外見から一歩引かれるような顔つきである。

「人は見かけによらぬものっていうけど?」
「そう、守の言う通り。人は見かけによらないのです」
「世も末ね」
「いや、その結論は分らん」

 三人とも既に食べ終わっており、秋人がノートを写し終わるのを待っていた。
 これは日課とも言える事だ。
 三人が食べ終わって秋人が食べ終わるのを待ち、秋人が食べ終わったら放課後の話だ。

 昼休みの終わる十分程前に秋人は写し終わったようで顔を上げた。

「んで、今日はどうなるかねぇ?」

 竜樹がそう切り出すと全員難しい顔になった。
 ただ陽子だけは困ったような顔になって守を見た。
 守はそれを分ったようで達樹と秋人に目配せすると二人とも分ったように頷いた。

「そっか、今日は陽子は買出しの日だったな」
「ごめん」
「謝るなって言ってんだろ。ったく。ただでさえお前は親がいなくて大変だってのに俺等に遠慮すんなっての」

 そう言われて陽子は困ったように、ただ少し嬉しそうに笑った。
 このやりとりも毎回同じである。
 ただ頻度は週に一度だがそれでも陽子は一々謝っていた。

「大変だねぇ」
「そう思ってるなら守も手伝ってよ」
「変なの買うよ?」
「ごめん私が馬鹿だった」

 間を置かず言われた守は少し虚しそうに笑った。
 逆に陽子は楽しそうに。

「それで?」

 そんな和やかな雰囲気を壊すような低い声で秋人が切り出した。
 竜樹は一度頷くと口を開いた。

「ほぼ確実に最初は狩りについての話題が出るな」
「そうだね。犯行をなすりつける事が出来たらどちらでも有利になれるからね」
「俺等がインクワイアー、クリエイター派の馬鹿共のどちらかと言えば一方がいなくなるんじゃねぇか?」
「いや、俺達も条件は同じで疑いは掛かってる。それにそんな事をしたらせっかく先輩達が築いた信頼が無くなる可能性がある」
「近いうちに何かしら行動を起こさねぇと俺等が馬鹿みる事になるぞ」

 言われて竜樹は下唇を噛んだ。
 確かに秋人の言う通り今の状態だと第一種、第二種で犯行のなすり付けをしているがいつ第三種にその矛先が向けられるか分らないのだ。
 その前に何かしらの行動を起こさなければ共学派は一気に劣勢に陥る。

「確かに、今まで矛先が向けられてないのはラッキーだよね」
「でもいつその矛先が向けられるか分ってはない」
「先輩がいればなぁ。……悪ぃ、今の無し」

 秋人、守、陽子に睨まればつの悪そうに顔を下に向けた。
 去年、彼等の先輩がいた頃、共学派は急激に増加した。
 それは彼等の先輩の説得力、そして何よりカリスマ性があったからだ。
 だがそれでも確執は収まらずに、今竜樹達にバトンが渡されている。

「考えてみれば私達も後1ヶ月で卒業なのよね」
「まぁな。せめて俺達の代でもっと進展させたかったけど」
「先輩達もこんな気持ちだったんだろうね」

 守の言葉に竜樹と陽子は寂しそうに頷いた。
 だがやはり秋人は冷めた目つきを止めない。

「現実逃避も良いがまずは目の前の問題に目を向けろ」
「そらそうだ。ま、一番手っ取り早いのは俺達を襲ってくる事だな」
「捕まえるって?確かに竜樹と秋人なら出来ると思うけど僕等はどうかな」
「お前等は今まで通り逃げろ。で、すぐに誰かを呼べ」

 守は第三種であり攻撃が出来ないからであり、陽子は確かに強力な武器は持っているとは言えど、狩りの手口は多数対少数の場合が多い為に太刀打ち出来ない可能性が高いからだ。
 竜樹は第二種であり、第二種は多人数との戦いを得意としている。
 一方秋人はどちらかと言えば伸縮自在の棒を持ち、一対一の戦いを得意としている。
 とは言っても二人とも一対一でも多人数相手でも引けを取らない戦い方を持っている。

「とりあえず俺達は正論を言うしかないかな」
「綺麗事を並べた所で聞くとは思えないが?」
「そうかもしれないがとりあえず今はそうするしかない」
「後手後手だと進めないぞ」
「分ってるよ」

 確かに秋人が言って入る事は全て正論だ。
 ずっと後手に回っていてもいずれ足元を掬われる事になるからだ。
 彼等はどうにかして先手に回り、状況を一変させる必要があった。

「結局はその時に考えるしかないだろうな」
「いつも通りって事だね」
「ああ。さて、昼休みも終わったし、放課後で」
「うん、それじゃぁ」

 そう言って守と陽子は教室を出ていった。

「……俺達も、卒業か」

 秋人は何も言わない。
 竜樹も答えを待っていたようでは無く、その後何も言わずに席に戻った。



 放課後、彼等は会議室へとやって来た。
 中は巨大なモニターがあり、壇上へ上がって説明出来るようになっている。
 また、各机の上にはパソコンが置いてある。

 会議室でも朝と同じように三グループに分かれていた。
 と言っても朝と違い彼等は作戦会議と言ったところだろう。

「あ、先輩」
「赤島、他の奴らは?」
「すぐ来ると思いますよ。少なくとも直喜は来ますね。一年は知らないですけど」
「ん、そか」

 会議に参加出来るのは各グループ学年毎に四名ずつと決まっており、共学派の二年の一人が赤島である。
 発言は主に三年を主体としているが、二年になるとそれなりに発言している生徒も多くなる。
 それは来年の準備、二年生を成長させる為である。

「あ、こんにちは。先輩方」
「一括してくれるな、宗沢よ」
「はは、すいません」

 高校二年にしては小さいからだの宗沢は楽しそうに笑った。
 彼も竜樹達の後輩の一人であり、共学派二年の代表の一人でもある。

「あれ?いつも早い瑞貴さんがいませんね」
「そう言えば」

 瑞貴と言うのはクリエイター派、三年の代表格である。
 好戦的で融通の利かない彼を説得するのは至難の業だと誰もが言う程の人物だ。
 それ故に竜樹等の頭を悩ませる原因の一人である。

 もう一人、インクワイアー派、三年の代表格の川島は瑞貴とは違い冷静で的確に物事を捉える。
 しかし熱くなりやすい性格故に話が進まない事が多い。

 その川島は会議室内で第一種の生徒達の中で話あっていた。
 それが普通な筈なのだ。
 始まる直前まで彼等は話合いをする。
 それはクリエイター派とて例外ではない。
 しかし今彼等のリーダー格がいないと言うのはおかしい。

「休みってのは?」
「来てたよ」
「来てたなら普通に会議室にすぐ来る筈だけどなぁ」

 その時、守のポケットから音楽が流れた。
 ポケットから携帯を取り出すと守は画面を見た。

「どうした」

 顔が青ざめていく守の顔を見て竜樹は不思議そうに守を見た。
 普段マイペースを貫き通している守のこのような表情は滅多にない。
 そして守の口から知らされた事はその理由を十分に物語っていた。

「陽子が、誘拐された」

 守の青ざめた顔を見て嘘偽りではないと判断した竜樹は守から携帯を奪った。
 画面には陽子が手足を縛られ目隠しをされている姿が映っていた。

「合成の可能性は?」
「無いな、された後が全く無い」
「残さずに出きる方法は?」
「インクワイアーの奴ならまだしもクリエイターにそんな事は出来ない」

 秋人の完全否定により合成の線が消え、竜樹は頭を抱えた。

「あんの馬鹿。一人で行動するなって言ったばっかだってのに」
「愚痴言ってる暇は無い」
「まぁな、内容も内容だしな」

 画像の他にメッセージが書かれており、それには今回の会議で狩りについて共学派がやっていた事にしろと書いてあった。
 普段なら馬鹿馬鹿しい事この上ないが陽子が捕まっていると言う事でそうするしか無い状況である。

「まずは警察に通報だな」
「いや、それは止めたほうが良いな」
「何で」
「俺等は今何だ?」

 秋人の質問に竜樹は言葉を詰まらせた。
 何を聞いているのか分らないからだ。
 その上悠長に話している間にも何が起こるか分らないからでもある。

「俺等はただの中学生だ。それなのにそんな大それた事考えると思うか?」
「いや、思ってるんじゃねぇの?」
「どうかな。今は誘拐をしたところで場所はすぐわれる、警察に捕まるのは分りきった事だ。それなのに奴らは行動に移した。恐らく警察も物ともしないバックがいるな」
「それこそ中学生が考える事じゃねぇっての」
「五月蝿い。それに、メリットが少なすぎる」

 ヘタをしたらどの道警察に捕まる可能性があるのに得る物は学校の生徒間のみの主権のみ。
 余りに割に合わないのだ。

「んじゃ奴等はその事を分ってないでやってんじゃねぇの?」
「瑞貴もそこまで馬鹿じゃないと俺は思ってる。だから裏で手を引いている奴がいるかもしれないって事だ」

 そこまで説明すると竜樹は感嘆とも呆れとも取れる溜息を吐いた。
 その仕草を秋人は怪訝な表情で受け取った。

「何だ」
「いや、お前。普段頭悪いのにこう言う時だけ色々考えてるなぁ、って」
「悪かったな」
「いや、悪かない。てかそう言う所があるから信頼されてんだろ、お前」
「知るか」

 最後はぶっきらぼうに返す秋人。
 その秋人が信頼されていると言うのは事実である。
 普段冷たく接し、冷めた眼差しを向けてはいるが彼がその本質を発揮すると言う時はいざと言う時だ。
 そのような状況になるのは殆ど無いがその時に関わった者は全員彼を信頼している。
 そしてそうだからこそ、この非常時にも竜樹も、赤島達も悠長に秋人の話を聞いていられるのだ。
 流石に今回の事はいつもの比では無いが、秋人は冷静に判断している。

「で、どうするよ」
「まずはこのメールの発信元を調べる、ただ陽子が本当にそこにいるか分らないからな、保険を掛けておくか」

 そう言って秋人はポケットから自分の携帯を取り出した。
 そして素早い指の動作でメールを送っていく。

「俺の知り合いに瑞貴と陽子を見たか確認してる。もし見た奴がいて、メールの発信元と同じだったらビンゴだ」
「ところでよ、奴等は俺達に要求の文を渡しといて確認する為にここの近くで見張ってんじゃねぇか?」
「問題無い。その辺も頼んである」
「流石」

 そう言っている間にも秋人の携帯に返信が何通も返って来ていた。
 最後の一通が届き、秋人が携帯をしまっている時に竜樹は赤島と宗沢を見た。

「今日の会議はお前等に任せる」

 竜樹の言葉に二人は驚愕の表情を浮かべた。
 それもその筈、今まで二年は準備期間として発言をする程度で本格的に話に参加するのは三年になってからなのだ。
 とは言っても校則や学校が指定した事では無く、彼等がそう決めているだけだが。

「そんな、俺達はまだ」
「どうせ後一ヶ月で俺等は卒業。ちょっとバトンの受け渡しが早くなるだけだ」
「でも」

 渋る赤島に竜樹は笑い掛けた。

「問題ねぇって、いつも通りにやりゃ良いんだよ」
「はぁ」
「んだよパッとしねぇな」
「いや、そんな事言われても」
「大丈夫だって。任せたぞ」
「まぁ、出きる限りやってみます」

 そう言って赤島もまた竜樹に笑い返した。

「ああ、そうそう。最初は適当に答えといてくれ。もしクリエイター派の中にも見張りがいたら困るからよ。こっちの用がすんだら連絡するからその後は頼む」
「うっす」

 赤島はそれから宗沢と打ち合わせを始めた。
 それを見た後竜樹は秋人を見、そして守と見た。
 守は青ざめたまま椅子に座り込み、携帯を握り締めている。
 携帯を握っている手は僅かに震えていた。

「守。陽子が心配なのは分るが今は行動あるのみだ」
「……分ってる」
「分ってるって顔じゃねぇな。しゃぁねぇ、俺等だけで行くぞ」
「おい」

 秋人が止めたが聞かずに会議室を飛び出していった。
 陽子が心配なのは守だけでは無く、竜樹もまた心配していたのだ。
 秋人は溜息を付いて守を見、口を開いた。

「悪いな。……守、お前竜樹を共学派に誘った時何ていったか覚えてるか?」

 そう秋人に言われて守はゆっくりと顔を上げて首を横に振った。

「やる気の無いあいつに行動しなければ何も変わらないって一喝したんだよ。あいつは今でもそれを気にしてる。だからさっき行動あるのみと言った。最初にあいつに言ったのはお前だ、お前も行動で表してみろ」

 言ってから秋人も教室を出て行った。
 守は顔を下に向け、口を緩めた。
 そして彼もまた教室を飛び出して急いで竜樹達に追いつこうとする。
 竜樹と秋人は階段で怒鳴りあっていた。

「どうしたの?」
「お、守。来たか」
「とにかく、場所は下だ」
「だから先に言っとけっての」
「お前が聞かなかったんだろ。馬鹿」

 また口論ならぬ口喧嘩を始める二人。
 この非常時にこんな事をしているのはある意味凄い根性だが時間が無いのには変わりない。
 見かねた守が止めに入り、秋人に言われた下へと向かう。

 一階へたどり着き、裏庭へと向かう。
 その途中秋人の説明を聞くと陽子は体育などで使う用具を入れる倉庫に入れられているらしい。

「って女性と一人倉庫に監禁って結構問題有りじゃね?」
「そもそも誘拐自体が問題でしょ」
「そらそうだ」
「その辺は多分問題無い、クリエイター側の女も二人程いなかったからな」
「んじゃ安心かな?」
「根本的な問題は解決してないけどね」

 話ながら走り、倉庫前に辿り付くと二人の男子生徒が立っていた。
 二人とも既に風と水を操り臨戦体勢に入っている。

「ビンゴ。さっさとあの二人のして入るぞ」
「……竜樹」
「ん?」
「遠慮はするな」

 秋人のその言葉に驚きの表情を浮かべた。
 普段秋人は彼等のストッパーでありけし掛ける真似はしない。
 だからこそ今秋人が言った言葉は珍しい、珍し過ぎるのだ。

「悪いな」
「何が」
「後で分る」
「あっそ、んじゃ派手に行くか」

 笑いながら言うと竜樹は懐からライターを出した。
 火を付けると手で火を覆い、離すと手の平には火の玉が残っていた。

「毎回思うんだが、ライターは必要無いだろ」
「良いんだよ。気分だ気分」

 良く分らない理由を言いながら手の平にある火の玉を前の二人に投げつける。
 水を操っている方が水を放つと簡単に火はかき消された。

「おい」
「相性悪いんだからしょうがねぇだろ」
「使えねぇな」
「うるへ」

 軽口を言い合っている間に風と水が二人を襲う。
 しかし間に守が入りこんでそれらを防いだ。
 風と水が消えた後でまた竜樹が前へ出てライターから火を奪う。
 竜樹の手の平で猛々しく燃える火は再度第二種の二人に投げつけられた。
 しかし先程と同じように水で消された。

「秋人、次で行くぞ」
「分った」

 秋人は頷くと同時に制服の袖から短く、黒い棒を取り出した。
 丁度中央部分にあるスイッチを押すとその棒が1、2メートル程の長さの棒になった。
 それを見慣れたように一瞥した竜樹は先程よりも一回り大きい火の玉をライターから奪う。
 手の平の上で巨大化させた火の玉を放つ。
 同時に相手も先ほどより多い水の量をぶつけてきた。
 しかし先ほどのようにそこで止まらずに竜樹達の方へ直接向かって来ている。
 が、水の塊が当たる前に何かに遮られ煙、水蒸気を出しながら蒸発していく。

 水が完全に消えた後には周囲に水蒸気が立ち込め、竜樹達の姿が見えなくなっている。
 第二種の一方が慌てて風を起こして竜樹達を確認しようとしたが既に竜樹達はそこにいなかった。

「喧嘩上等ぉ!」

 奇妙な気合の声が後ろから聞こえたのを確認した時には竜樹がすぐ後ろに迫っていた。
 竜樹は第二種の男に背中に手を当て、不適に笑う。
 手の平に現れる火。
 恐怖で顔が引きつる男
 次の瞬間男の目に入った物は、拳。

「オラァ!」

 竜樹の拳は男の鼻の下辺り、人中に入った。
 その一撃で男は気を失い、地面に伏した。

「相変わらず最後は能力を使わないんだね」

 苦笑しながら竜樹に近づく守。
 倒れている男の近くに行き、見下ろすと哀れ、等と呟いていた。

「別に能力なんか使わなくたって生きてけんだよ」

 そう言った時の竜樹の顔は嫌悪の表情が少し出ていた。
 その理由を知っている守はまた苦笑して竜樹の肩に触れた。

 竜樹が嫌悪の表情を出した原因は竜樹の父親にあった。
 彼の父親も同様に第二種である。
 そして父親は根っからのクリエイター至上主義なのだ。
 クリエター至上主義の者は大抵は能力があれば何でも出来ると思い込み、更に近年作られている第一種の便利な道具も自分たちのお陰で成り立っていると思い込んでいるのだ。
 だが竜樹はそんな父親を見て突然こう思うようになった。

 第二種の能力が突然使えなくなったらどうするのか。

 当然自分達の能力が使えなくなれば彼等は、臨機応変に対応出来る者以外は何も出来なくなる。
 そう思うようになってからは竜樹は父親が嫌いになった。
 同時に第一種、第三種の友人を作るようになったが自分の家に誘う毎に彼の友人は 父親に追い返され竜樹に近づくなと脅された。
 そう言った理由で、守達に出会う前までは秋人一人が友人で、父親と第二種の能力が嫌いになっていった。

 その竜樹は先ほどの嫌悪の表情は何だったのかと思わせる程楽しそうな顔で秋人の方を見た。
 そして笑顔が凍り付く。

 秋人の見下ろしている場所には男が一人。
 そして男の腹部部分の地面には小さなクレーターが一つ。

「お、おい。それはちょっとやり過ぎだろ」
「この位は当然だ。手加減するなと言ったろ」
「お前は手加減し無さ過ぎだ。アバラの二、三本は折れてるぞ」

 呆れた顔で言う竜樹に対して秋人は鼻で笑うだけで返した。
 守は男と秋人を複雑そうな表情で見比べている。

「さてと、この中だな」

 秋人はそう言って倉庫の入り口に手を当てた。
 入り口は鉄で出来ており、少しの力ではびくともしないだろう。

「おい、これどうやって開けんだよ」

 竜樹が扉を殴りながら言うが何の反応も無い。

「そこにカードを入れるスリットがあるだろ」

 秋人がそう言って扉の右部分を指さすと竜樹は頷きながら近づいていく。
 が、目の前で止まって首を傾げる。

「おい、カードは」
「有る訳無いだろ。教師しか持って無いんだから」
「先に言えよ」

 良いながら秋人を睨む竜樹。
 それを涼しい顔で受け流す秋人に守が何かに気づいたように声を掛けた。

「秋人、先生にしか入れない所に居るって事は……」
「そそのかしたのは教師の中の誰かってことだな」

 秋人の言葉に驚愕する二人。
 そんな二人に構わず持っている棒を振りかぶり、スイッチを押すと同時に振り下ろした。
 棒が扉に当たると同時に扉が円状にへこむ。
 もう一度振りかぶり、再度振り下ろすと扉に人一人通れる程の穴が空いた。

「相変わらず凄ぇ破壊力。じゃなくて教師の中の誰かってどういうことだ」
「誰だって良いんだよ。俺等が関わるには少し重過ぎる」

 良いながら秋人は倉庫の中に入って行く。
 同時に中で鈍い音が聞こえ、急いで竜樹と守も続いた。

 中に入ると秋人は健在で下に二人程男が倒れていた。
 男の下には先ほどのように小さなクレーター。
 持っている棒でやられたらしい。

「だからやり過ぎだっての」
「五月蝿ぇな」
「ま、やっちまったもんはしょうがないとして、瑞貴君な、ちぃとやり過ぎじゃないかな?」

 今彼等の目の前に立っているのは瑞貴と、その後ろに第二種の女が二人。
 そしてその後ろには陽子が目隠しと手足を結ばれた状態で椅子に座っている。

「陽子!」

 陽子を見た瞬間守が叫んだ。
 今まで竜樹と秋人のマイペースで落ち着いてはいられたが目の前にして落ち着いてはいられなかったらしい。
 が、そんな守とは裏腹に陽子は笑った。

「おっそいのよアンタ達。もっと早く助けに来なさいよ」
「うっせぇ、十分早ぇだろうが」
「メールが届いた三分後に来てよ」
「カップメンじゃねぇっての」
「古いぞ、それ」

 状況が状況の割には余裕で軽口の押収をする竜樹、秋人、陽子。
 馬鹿にされたと思ったのか瑞貴の顔が赤くなる。

「ふざけてんじゃねぇぞコラ!」

 罵声と同時に竜樹等三人の頭上から雷が落ちる。
 が、守が一瞬にして全て掻き消した。

「ふざけてんのはそっちだろ。早く陽子を放してくれないかな」
「るせぇ!」

 叫びながら雷を連続的に出す瑞貴。
 頭に血が上っているのか攻撃を休める事は無い。

「あ〜あ、ったく瑞貴の野郎。融通が利かないのは前から知ってたけどこれほど何てな」
「引き際を知らん奴には何言っても無駄だ。しかし厄介だな、この雷は」

 秋人が言う通り彼等は一歩も動ける状態ではない。
 守が居てこそ当たる事は無いが自分以外を守るにはそれなりに集中がいるらしく、動く事が出来ない。
 そんな時、竜樹はライターを取り出してため息を付いた。

「お前の炎なら確かに届くか」
「いやぁ、後ろのお二人さんがいるせいでちょっと無理っぽいな」

 瑞貴の後ろに控えている女二人は手を出さず、しかしいつでも動ける体勢を取っている。

「あ〜あ、このライター気に入ってたのによ」
「お前はライターなんて必要ないだろ」
「るせ。さらば、我がライターよ」

 そう言いながらライターを瑞貴に投げる。
 瑞貴はライターを反射的に掴んだ。

「仕上げ」

 指先から出る小さな火。
 その火は瑞貴にも後ろの二人にも気づかれる事無くライターの中へと入り、爆発した。

 爆音と叫び声が混じり、同時に雷が止んだ。
 瑞貴が居た所付近に煙が立ち込めているが、晴れるとそこには腕が焼けど、それ以上の怪我をした瑞貴がいた。

「あーまた火薬の量間違えた」
「……間違えたってレベルじゃないぞ、アレは」

 腕の痛みにのたうち回る瑞貴を見ながら秋人は冷静にツッコミを入れた。
 ツッコミを入れられた本人は気にした様子も無く陽子へ近づいて良く。
が、二人の女が立ちふさがった。
 心なしか多少震えているように見える。

「あーったくもう」

 そう良いながらため息を付く竜樹。
 足を止めてそれ以上近づこうとしない。

「相変わらず女には弱いのね」
「るせ。おめぇも楽してんじゃねぇよ。とっくに縄なんかほどけてるだろが」
「あ、バレてた?」

 その言葉に女二人は驚愕の表情を浮かべて後ろを振り向いた。
が、陽子の縄は全く解けていない。

「勘弁しろよ」

 その言葉と同時に竜樹の裏拳が女二人の腹部に入った。
 小さく呻き声をもらして倒れた二人を一瞥した後陽子の縄を解き、目隠しを外した。

「あんな単純な手に引っかかるなんてね」
「単純っちゃぁ単純だがお前の場合事実だろが」

 そう言われて笑う陽子。
 その陽子に守が近づいて怪我は無いかと落ち着き無く聞き始めた。

「過保護な事で」

 そう呟いて竜樹は瑞貴の方へ歩み寄る。
 そこで突然眩しい光が室内に広がった。
 反射的に目を瞑った竜樹はすぐに目を開けてドアの方を見ると女性との一人がカメラを抱えていた。

「み、三坂?」
「いやー良いネタが入ったわ。アリガト、竜樹君。じゃね!」
「ま、待て!」

 走り去った三坂を追うが竜樹が入り口に辿りついた時には姿は見えなかった。
 情けない顔でドアから顔を出している時に突然怒鳴り声が聞こえた。
 教師が数人やって来て逃げる暇も無く倉庫の中に居た全員が捕まり、職員室へと連れていかれる事になった。




 7時頃、たっぷりと絞られた彼等は校門を出た。
 皆、顔に表情が無い。

「一時間ぶっちぎりの、教師の説教、マジきつい」
「私は被害者なのに」
「マイッタね」
「悪かったな」

 竜樹、守、陽子の感想を聞いてバツの悪そうに秋人が言った。
 何を、と言おうとする前に秋人が口を開く。

「本当ならまず教師と警察に連絡するのが一番良かったんだよ」
「いや、でもお前警察を物ともしないバックがいるって」
「あれは嘘だ」

 はっきりと言われて困ったような情けない顔をする竜樹。

「言ったろ?後手後手だと進めないって」
「それは会議の事で今回のは余り関係無くね?」
「大有りだ。その事については後で分かる」
「ああそう」

 竜樹は、秋人がこれ以上何も言う気が無いのを悟って面倒げに顔を落とした。
と思ったらすぐに顔を上げて秋人の見る。

「お前、バックがいるって事に嘘って言ったのか?」
「いや、バックはいる。教師の中の一人だ」
「そう言えば」

 突然陽子が会話に入り込んだ。
 何かを思い出すように顔を上に向けている。

「倉庫に入ってる時誰か知ってる人の声が聞こえたような。確か、羽柴先生」
「あれは違う」

 秋人に「あれ」呼ばりされる羽柴。
 一瞬にして否定された陽子は「じゃぁ誰」と秋人に詰め寄る。

「知らなくて良いんだよ。どうせ瑞貴が全部喋れば勝手にこの学校から出て行く。それに関わってもろくな事が無い」
「そうだね、とりあえず皆無事なんだし、良いんじゃないかな」

 そう守が綺麗にその話題を終わらせようとした時、陽子が疑問符を浮かべたような顔で秋人に尋ねる。

「じゃぁ羽柴先生は何してたのよ」
「感謝しとけよ。倉庫の事を俺に知らせたのは羽柴だ」

 その言葉に竜樹はもちろん陽子と守は驚いて秋人を見た。
 秋人は携帯を取り出して操作している。

「最初は羽柴も警察に言えって言ってきたけど無理言ってやって貰ったんだよ」
「そう言う事ね」

 言ってから少しばかりの沈黙が続く。
 疑問はまだ残っているようだったが秋人はその手の質問は答えないとばかりに携帯を操作している。
 ふと、竜樹が思いついたように口を開いた。

「ところでよ、明日からどする?」

 陽子を除く三人はやり過ぎと言う事で二週間の停学処分が下った。
 それもそのはず、三名がアバラ骨骨折。
 一名が焼けどの重傷。
 その四名が病院送りである。
 陽子が停学にならなかったのはもちろん被害者だったからだ。
 その代わりカウンセリングや病院等に行くようにと言われたが。

「俺は寝る」
「お前は勉強しろよ」
「お前のノート写すから良いんだよ、馬鹿」

 馬鹿はどっちだと呟きながら竜樹は守を見た。

「僕?僕はまぁ慎ましく」
「何だそれ。それは良いとして昼飯どうすんだお前」
「陽子に頼む」
「偶には自分で自炊してよね」
「キッチンが無くなるよ」

 下らない言い合いをする二人を見て竜樹はため息を付いた。

「守、偶には兄らしいとこ見せてやれよ」
「そうよ」
「いやいや、しっかりした妹がいて僕は満足だから」
「満足とかそう言う問題じゃねぇよ」

 そう良いながら笑う。
 薄暗くなってきたが彼等の周囲だけは少し明るく見える。

「ああ、ところで秋人」
「何だ」
「停学中お前家の道場に入り浸って良い?」
「停学中だろ」
「良いんだよ、俺優等生だから」
「馬鹿か」

 毒づきながらも勝手にしろと竜樹に言い放つ。

 父親が第一種の事が嫌いなのに竜樹と秋人が仲が良い理由。
 それは秋人の家が経営している道場のお陰だ。
 竜樹は親の反対を押し切り、秋人の言えの道場に入門して秋人に出会った。
 その後彼等は親友として関わり合っている。

「そう言えば秋人って竜樹にしか馬鹿って言わないよね」
「言われてみれば、親友だから?」

 陽子が楽しそうに尋ねる。
 秋人は答えないが代わりに竜樹が笑いながら口を開いた。

「ただの照れ隠しだよ、こいつのは」
「馬鹿か」

 本当かどうかは彼等にしか分からない。




 事件の三日後ほどに秋人が何故警察に連絡しなかったのかが分かった。
 陽子が三人に学校で配られた新聞を見せ、そこには腕が焼け焦げてのたうち回る瑞貴と怖い顔をした竜樹、秋人が移っていた。
 記事の見出しには「共学派の怒り」等と書かれている。
 この後、学校で急に共学派が増え、一部を除いてクリエイター派、インクワイアー派が大人しくなった。

「何で大人しくなったよ」

 道場で寝転びながら竜樹は秋人に聞いた。
 二人とも胴着を着用し、汗で濡れている。

「単純に、逆らうと瑞貴の二の舞になると思ってんだよ。一部では俺等に挑戦しようとしたり瑞貴の仇を打とうとする奴等もいるけどな」
「ふ〜ん。ま、共学派が有利になったのも一応は良いか。やり方が気に入らないけど」
「悪かったな」
「てかお前最初からこれを考慮した上で三坂に情報流したな」
「一番てっとり早い方法だったからな」

 風が二人の温まった体を冷ます。
 竜樹は目を閉じて大きな欠伸をした。
 秋人は秋人で瞬きもせずに空を見つめている。

「んで、瑞貴はどなったん?」
「知るか。俺達と同じで停学か、転校か退学だな」
「さらば我が宿敵よ」
「いつから宿敵になったんだ馬鹿」

 今日から、等と言いながら勢いを付けて急に立ち上がった。

「しっかし赤島もやるねぇ。あの川島を言い負かしたんだって?」
「らしいな、お陰て俺達の出番も無くなった」
「ま、後はあいつらに任しときゃ大丈夫だろ」

 竜樹が伸びをしている間に秋人もゆっくりと置きあがる。
 そのまま上に跳躍して右足を回し蹴り気味に竜樹へ放つ。

「危ね」

 上体を後ろに倒し、ブリッジの要領で蹴りを回避する。

「何だよ急に」
「別に。……お前、卒業したらどうする?」

 卒業はもうすぐ迫っていた。
 竜樹は気の無い顔で多少考えた後、秋人に拳を突き出す。
 その拳を受け流し、肘を腹部に入れようとする秋人。

「特に考えてねぇ、よっと!」

 言ったと同時に右に避けてもう一度拳を突き出す。
 それを見て秋人も拳を突き出した。
 が、二人とも顔面にあたる寸前で止める。

「とりあえず今度は俺が何もしなくても良さそうな秋櫻にでも行こうかなと」
「行動あるのみじゃなかったのか?」

 拳を引いて腰を下ろす。
 ただ単なる練習か、それとも冷めた体を温めたかっただけか、どちらにせよ彼等の顔は楽しそうである。

「俺のキャラじゃないんだよ」
「馬鹿か」
「俺が馬鹿ならお前は超馬鹿だ」

 そう言って笑った。




「お前等はどうすんの?」

 卒業式が終わった校門の前、竜樹、秋人、守、陽子の四人で集まって固まっていた。
 周りでは他の生徒が写真を取り合ったりしている。
 中には泣いている生徒もいるが逆につまらなそうに帰っている生徒までいた。

「僕は帝橙高校だって前言わなかった?」
「忘れた。って言うかそこ結構対立激しくなかったか?」
「だから行くのよ、この馬鹿は」

 陽子に馬鹿と言われても笑顔を崩さず、何故か頷いている。
 その様子に陽子は駄目だと言わんばかりに肩を落とした。

「全くお前も懲りないね」
「竜樹もね」
「そらそうだ」

 そう言って笑い合う二人。
 性格は違えど共通する部分があったらしい。

「んで、陽子は?」
「あんたと同じ秋櫻」
「ああ、そう言えばそんな事言ってたな」

 また肩を落とす陽子を尻目に竜樹は笑いながら秋人を見た。
 つまらなそうに周りを見ている秋人は竜樹の視線に気づいて竜樹が聞く前に口を開いた。

「俺は守と同じ所だ。もっと修羅場に言って腕鍛えて来いだとよ」
「大変ねぇ、跡取り息子は」
「好きでなってる訳じゃない」
「好きな癖に」

 竜樹に言われ、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
 苦笑して竜樹は自分達が通っていた学校を見た。
 三年間彼等が通っていた学校。
 彼等にとっての通過点。
 学ぶ事も多かったがそれでも彼等の道はまだ続いている。

 振り返り、三人を見る。
 笑いながら彼は言った。

「ま、これからもお互い頑張るとするか」

 新しい彼等の道。
 一歩一歩、確実に進み行く。