和泉 雄飛甚く退屈そうに立っている。実際バスケットボールをしているので退屈と言う事は無いのだが、彼にとってバスケットボールというスポーツは特に興味をそそられるものでも無いので退屈なのだ。

偶に友人の天使 羽留からパスが来るが、ボールを掴み、相手の木谷 海晴が来たらまた返すか、シュートするの二通りしか行動しなかった。

まず、服装からしてやる気が見られなかった。天使にも言える事だが、スポーツの時にジャージは動き難く、適切とは言えない。更に他人から見れば動き難そうなサンダルを履いているのだ。実際動きやすいのだから誰も文句を言えないのだが。

2対1のハーフコートでやっているのだが、和泉は特に何もしてないから実質1対1とは変わらない。しかし天使は不平を言うまでも無く、有効に和泉を使いながら試合をしている。

時たま外野で観戦している夢界 李音からちゃんと動けと怒鳴られるが、彼はただ相槌を打つだけで実行には移さなかった。

彼はただ木谷に誘われたから適当に返事をして、やっているだけなのだ。特に熱くなる必要も無いし、天使の役に立てればそれだけでいいのだ。とにかくバスケットボールを「すれば」いいのだ。

「雄飛が動かないと羽留が疲れるでしょ!」

依然として夢界は叫びつづける。しかし和泉は鼻で笑った後に言った。

「李音、君に命令される筋合いは無いな」
「良いから早く動けぇ!」

やれやれと呟いてから和泉は一歩だけ足を前に出した。

「動いたぞ」
「そうだけど違―う!」

なおも喚き続けるが和泉は相手にしない。二人の様子を天使は見ていたが、特に気にせずにバスケをやり続ける。熱くはならないが、やる意味はあると思っての事だ。

天使は木谷を見ると、一直線にこちらに向かってくる事が分かる。和泉の方を向き、気づいたのを確認して、ゴール横を顎で指す。和泉は鼻で笑った後にゆっくりと指された方へ歩きだす。

天使にしか眼中にしてない木谷は和泉の行動を全く気づいていなかった。そしてそれが狙いだった天使はここぞとばかりに和泉にパスをしようとする。

「何でボクの言う事は聞かないで羽留の言う事は聞くんだよぉ!」

パスをしようとした時に夢界が叫んで始めて木谷は和泉が動いている事に気づいた。元々運動神経のある木谷は素早く反応し、天使のパスをカットする。

「取られたぞ」

意味深な視線で和泉は夢界を見た。夢界はその視線にうっ、と言いながら一歩後ずさる。その後小さい声で何かを言うが和泉は特に突っ込む気も無い様で、天使と木谷を見ている。

「良くやるよ」

一人熱くなっている木谷を見てそう呟いた。



「いや〜!やっぱ運動の後はコカコーラだよな!」

バスケットコートの側で四人は座っている。そして飲み物を各自買って、木谷の最初の感想がこれだ。

和泉は特に興味が無いと言う様にそっぽを向きながらお茶を飲んでいる。天使は紅茶、夢界は苺ミルク。それを見た木谷がガキだガキと意味も無く言い、夢界を怒らせる。

天使を見ると、彼はただ夢界と木谷のやりとりを静観しているだけだ。ふと、視線に気づいた彼は和泉に顔を向ける。そして数秒の沈黙。

「どうした」

最初に沈黙を破ったのは和泉だった。殆どの事に興味を示さない和泉から声が掛かるのは稀だが、特に天使は気にしなかった。

「別に」

そっけなく答え、間に流れる間。

「つまらない奴だな」

鼻で笑いながら微かに皮肉を、そして冗談っぽく言った。

「お前ほどじゃない」

即座に天使はそう返した。少しの沈黙。次に口から出たのは僅かな笑い声。

「お前等何勝手に二人で和んでるんだ!」
「和んでるの?これ」

突然二人の間に割り込む木谷と夢界。夢界の突っ込みは中々的確なところを突いている。彼等自身は冗談を言い合っているだけだが、周りからみれば彼等の周りは冷めて見えるだろう。それほど特に表情の変化を見せなかったのだ。

突然、木谷が立ち上がり、空になったペットボトルをごみ箱に向けて投げる。いや、バスケのようにシュートした。ペットボトルは正確にごみ箱の中に入り、木谷は一人でガッツポーズを取る。感嘆の声を上げるのは夢界だけで和泉と夢界は横目で見ていただけだった。

「んで、どうする?バスケはもうやらないとしても、まだまだ時間はあるし、誰の家にでも行くか?」

木谷が提案するが、誰も何も言わなかった。が、和泉が唐突に関係無いことを告げる。

「李音、今君は饅頭を持っているか?」
「え?持ってるけど」

普通は持っていないだろう。だが夢界のバッグには何時でもお菓子が入っており、時々誰かに四次元バッグ等とからかわれる。出てくるのはお菓子と夢界の私物だけだが。

「ならいい。俺の家に行くか」

この発言には全員が驚いた。と言っても天使だけは特に表情の変化は見られなかったが。

「珍しいな。お前から誘うなんて」

気づかないほどの驚きを含めながら天使は言った。それに対してやはり和泉は鼻で笑い、多少見下した目つきで天使を見る。

「偶にはな。それに、時間帯も丁度良い。李音が饅頭を持っているなら尚更都合がいい」

そう言うが早いか、和泉は直ぐに立ち上がり、家に向かって歩き始める。天使も直ぐに後に続き、残りの二人は少し立ってからよろよろと立ち、和泉の後を追う。それほど驚く事ではないだろうと思いながらも天使は二人を見ていた。



和泉の家は、当たり前だが、普通の一軒家であり、決してお金持ちのような家ではない。つまり普通の家だ。だが中に入り、和泉の部屋に入るとそこは別世界のようなきがするだろう。

和泉の部屋を見回すと、まず目に入るのは夥しい量のビデオ、そして怪獣や戦隊物等の人形だ。目に入るのは、というよりもそれだけしか目に入らなかった。部屋の真中にはテーブルが置いてあり、他の勉強道具等は隅に置かれて目につきにくい。何より人形が多すぎて、普通の生活用品などよりそちらの方へ目が行ってしまうのだ。

呆然としている三人をほったらかしにして、和泉は床に腰掛けた。

「なにをしている。始まるぞ。座れ」

何が始まるのかとは聞けず、いや、何となくは分かっているのでとりあえず腰掛ける。そして案の定、和泉はリモコンを持ち、電源を入れる。

「李音。饅頭をくれ」

テレビから目を離さずに夢界に差し出される手。夢界は無言でバックから饅頭を取り出し、和泉の手に乗せる。丁度その時、テレビが次の番組が始まる知らせを告げた。

「始まったぞ。特捜戦隊デカレンジャー。俺はこれを見ながら饅頭を食べるのを日課としているんだ」

どんな日課だとは突っ込まずに、否突っ込めずにそのまま延々三十分間、その番組を見ることになった。

時々見る笑えるシーンでは、いつも見せないような大声で笑い、又、変身シーンでは感嘆の声を上げる。そんな和泉を見るのは三人とも始めてだった。何時も何にも興味を示さない和泉が、そんな事を顔で訴えている。確かに三人とも和泉が特撮が大好きだとは知っていたし、特撮のことになると饒舌になることも知っている。が、ここまで豹変した和泉を見るのは初めてだった。

番組が終わってもまだ熱が冷めないようで、何故か和泉は息を切らしていた。

「やはり良いな。デカレンジャー」
「デカ……」

見てはいけない物を見てしまったような心境になり、天使はまともに声を出す事が出来なかった。しかしそれは天使達にとっては不幸でしかなかったのかもしれない。

「なんだ?知れないのか?デカレンジャーを」
「最近は……全然見てないし」
「ッチこれだから最近の高校生は困る。デカレンジャーは本当に簡単に言うと新しい戦隊物だ。そもそも戦隊物は1975年の四月、秘密戦隊ゴレンジャーから始まった。その次にジャッカー電撃隊、バトルフィーバーJと続き、最近の物では忍風戦隊ハリケンジャー、爆竜戦隊アバレンジャー、そして最新の物がこのデカレンジャーだ。かれこれ29年の歴史を持ち、今でも子供や大人に好かれているものだ。今回のは変身アイテムがブレスレッドでは無く、電子警察手帳型になってしまったのが非常に残念だ。いや、元々変身アイテムは無く、ゴレンジャー、ジャッカー、バトルフィーバーでは存在しなかった。しかしバトルフィーバーの次、電子戦隊デンジマンにて初めてデンジリングという変身アイテムが出たのだ。そして……どうした」

一気に話始めるが、三人としては意味が分からない上にこれほどまで饒舌な和泉を見るのは初めての為か、遂呆けてしまう。

「い、いや、別に」
「そうなのか?まあいい。それよりこういった特撮醍醐味はやはりそのセットだ。最近はCG等を使ってしまってはいるがやはり前は良かった。ホリゾントや大プール、操演等が使っている時がやはり一番輝いていたのでは無いかと俺は思うね」
「ホリ?プール?そうえ……何だって?」

聞きなれない言葉につい木谷は聞き返す。和泉と言えばそんな木谷を呆れた目で見ている。

「ホリゾントに大プール、それに操演だ。そんなことも知らないのか」
「だってよ、そんな子供が見るような物なんて見ないし、何より調べようとも思わない」
「ッハ!プロになれもしない癖にバスケを頑張る奴に言わるとは思わなかったな」
「……さり気なく酷いな」
「それに見るのは子供だけでは無い。それはインターネットを見れば明らかであり、更にこれに出演、又監督しているのは全て大人達だ。それにお前達はゴジラやそう言った怪獣映画を今でもみるだろう?あれにもホリゾントや大プールが使われている」

得意げに言う。いくらか反論したい事もあるが、和泉から放たれる気迫に怯み、何も言えなかった。

「いいか、まずホリゾントというのは特撮セットのバックにある風景を写実的に描いた壁のことだ。殆どの場合空を描いてある。次に大プールだ、これはその名の通り巨大なプールだ。怪獣映画や戦争映画などで海上シーンを撮影するために空を描いたホリゾントや波おこし機などを備えた超巨大な撮影用のプール。分かったか?それから操演、これはピアノ線を使って戦闘機を飛んでるように見せたり、小型模型や怪獣の体の一部を動かして演技をさせることだ。最近ではさっき言ったようにCGが頻繁に使われるようになったがな」

長い説明に疲れたのか、何故か李音が手を上げる。

「何だ」
「あ、あのさ。明日の宿題とかもあるし、もうそろそろ時間だし。帰ろうかと思うんだけど」
「ッチ、そんなもの昨日の内に済ませとけば良かったんだ。まあいい。続きは又今度だ」

ホッと胸を撫で下ろすが、それは束の間の幸せでしかなかった。

「お前等にそれぞれこのビデオを貸してやるから明日までに感想のレポートを書いて来い」

その言葉に遂木谷は間抜けな声を出してしまった。天使はさっさと玄関に向かおうとするが、敵地から逃げる事は容易では無い。

「羽留、俺の家に来たんだ。ただで帰れると思うなよ」

げんなりとした表情で三人はそれを受け取り、和泉宅を後にした。

帰路、三人の間には沈黙が流れ、そして渡されたビデオをみて一斉に溜息を吐いた。顔を見合わせ、頑張ろうと言ってから三人は分かれた。その背中には哀愁が漂っていたとか、いなかったとか。