蛍光灯は消えており、静寂に包まれている研究所と思われる施設の廊下。廊下には窓は無く、月夜も何も見えずに真っ暗だ。小心者で無くとも幽霊やその類の者が現れると勘違いしそうな程だ。突然静寂は破られ何者かが走る音が廊下に木霊する。

暗く、良く見えないが走っている者は少年である。燃えるような赤く長い髪は後ろで縛られてあり、目は青くこの暗い通路でも少しは見えるだろう。来ているものといえば黒いコートで全身を覆っている。

少年はまるで何者かに追われているように急いでいた。後ろを振り返らずに一直線に廊下を走っている。走っているとその内ドアが見える。この廊下よりも少し明るいので外か、または蛍光灯の一つは点いている別の廊下か。

少年はドアを蹴り開け、外に出た。星も良く見え、月も満月。天体観測等にはもってこいの日だろう。しかし少年は月や星を見る訳でもなく止まりもせずに一直線に門へと走って行く。

突然、ライトが点いて少年を照らした。少年は短く舌打ちすると先ほどよりも早いスピードで走りだす。門の目の前まで来ると、当然だが門は閉まっており、ここから出るのは不可能である。ただこの門は鉄格子で上には槍のように尖った格子が一定の間隔を置いてあるだけで登れば出れない事も無い。また、壊す以外にはその方法しかないだろう。

少年は迷わず上に跳躍しようとした。しかし出来なかった。突然地面に穴が空き、煙と同時に何かが穴から出てきた。その煙の影は人である。煙が晴れるとその人物の輪郭や服装が見えるようになった。

その男は短髪と長髪の間ぐらいの長さまで髪を伸ばしており、黒い目は少年を見据えている。白衣を纏ったその男の表情は穏やかな笑顔であった。人の良い笑顔。そんな言葉が当てはまるだろう。

一方少年はその男を見ると露骨に嫌そうな顔をした。そしてそのまま少し体勢を低くする。

「やあやあ、また脱走かい?PLナンバー22、バーグ君」
「うるせぇ。今日こそ俺は此処を出るんだ。そこを除け」
「嫌だと言ったら?」
「……いつもの事だ」

言うが早いか少年、バーグは跳躍して一瞬にして男の頭上まで迫った。一方男はその速さを追えてもいないのに笑顔のままだ。

バーグはコートの袖から刃渡り15センチ程のナイフを取り出し、逆手に持つ。先の目的の鉄格子に足を付け、そのまま体を地面に向けて蹴った。そして地面に足を付くと同時に男の背中目掛けて跳躍し男の背中を蹴り付ける。蹴り飛ばされた男に追い討ちとばかりにナイフを突き立て、一瞬で男の背中からナイフを抜いて後ろへ下がる。

男はそのまま地面に崩れ落ち、動かなくなった。バーグは一息付き、周りを警戒し始めた。が。

「チェックメイト」

その言葉と共にバーグは後ろからナイフを突きつけられた。それ故に動く事が出来ずに冷や汗を流すだけだ。

「いつもより手ごたえがねえとは思っていたけどよ。ありゃいったい何だ」

その言葉を言い終わったときに倒れている男の形状が変化し始めた。そして変化が収まった時のその姿は狸と狐が合わさったような、そんな姿をしている。さらにその生物は狐や狸等よりも余程小さい姿である。

「化けるのが得意な魔物の合成獣か。小賢しい事をしてくれるもんだな。オイ」
「まあまあ、とりあえず話しは後という事でまずは部屋に戻ろうね」

バーグは渋々と言った具合に施設に戻る。それは白衣の男も同様に、彼とは違い笑顔のまま。



朝、バーグはいつものように朝食をとりにこの施設の唯一の居間に向かう。不本意だが男も居る場所に。

他とは違う木製の落ち着いた雰囲気のドア。この施設にはお世辞にも似合っているとは言えない。だが彼にはもう慣れているので気にすることでは無い。ドアを開けるとまず目に入るのはコタツである。そして幸せそうな顔で寝ている男。

バーグはズカズカと入り込み、男を見、そして男の頭を容赦という言葉を知らないように力強く蹴った。男はそのままコタツから出て壁に打ち付けられた。だが何も問題が無いように笑顔をバーグに向けている。

「痛いな」
「痛く蹴ったんだから当たり前だ。痛くなかったらあんたは人間じゃない」
「成る程」

妙に納得する男。頭を力強く蹴られて「痛いな」の一言で済ませる自体人間業でも無い気もするが。

「で、飯食うのはいつもの事なのに呼び出したのはどういうことだ。ルイン博士」
「父さんと呼んでおくれ」
「誰が呼ぶか誰が。しかも話を逸らすな」

狭い居間でバーグの拳がルインを狙うがルインも紙一重で彼の拳を交わす。やはりその笑顔は崩さないまま。

「いいじゃないか。瀕死状態の君を拾って助けて上げてここまで育てて来たのは僕だよ?父さんぐらい呼んでくれても」
「助けてくれたのは確かにありがたいけど、けど他にも方法があっただろう。わざわざ合成獣にする必要があったのか?」
「無いよ」

さらりと笑顔を浮かべながら答えるルイン。その笑顔に悪意は無く純粋な笑顔なのでバーグは思わずやる気を無くし、肩をすくめる。

とりあえず腰を下ろして二人して朝食を食す。二人とも何故か五分ジャストで食べ終わり同時に台所へと向かい皿を洗う。そして洗った後にコタツの中に入りお茶を飲みながら和む。

「で、今回呼び出した理由は?」
「ん?ああ。実は君に最近目覚めた魔王と呼ばれる存在を倒して貰おうと思ってね。結構近い場所だから此処が壊されると困るんだ」
「断る。そんな面倒臭い事をしたくはない」

お茶を飲み干すとバーグは腕の中に顔を埋めて寝る体勢に移る。そして聞こえてくる僅かな寝息。それを見て何故かニヤニヤと笑っているルイン。

「残念だな。これが成功したら年中外出許可を上げようと思ってたんだけど」
「是が非でもやらせて頂きます」

外出許可という言葉に瞬時に反応したバーグ。何故なら彼は拾われてから7年間、一度も外に出ていなからである。しかもルインがバーグを外に出すのを止める理由が「面白いから」である。脱走しようとするのも無理はない。

「おお、さすが我等のバーグ君。快く引き受けてくれたね。じゃあ早速魔王が居る場所を教えようか。え〜っと。そうそう。此処から丁度西へ真っ直ぐ行って上手く行けば一週間で着ける場所に魔王がいる城があるんだ」
「随分近いな」
「更に道中には村があるから必ずベットで寝られるという特典付き。一日一回は必ず村に着くんだよ」
「随分と都合が良いな」
「いやいや、偶然偶然。で君にやってもらいのは魔王の討伐と城の破壊。城なんかは残っていると後々困るからね」
「なんだ困る事って」
「そしてバーグ君には素敵な旅のお供が」

バーグの言葉を無視して言った後に居間の置くに引っ込んだ。そして何かの生き物の唸り声とともにルインはその唸っている狼を抱いて来た。所々引っ掻き傷が出来ているのはその狼の所為だろう。

ルインは狼を放すと狼は静かに降り立ちコタツの上に座った。その姿は威風堂々という言葉が似合うだろう。少し銀色が掛かった白い毛並みに燃えるような赤い目。そしてこの狼こそがルインの言った旅のお供である。

「という訳でローベルフ君です。仲良くしてやってね」

飽く迄も能天気なルイン。それに大してバーグは何を言っているのかという顔をしている。それはお供が狼ということではなく。

「ちょっと待て。こいつってガストウルフだろ?あの絶滅種の。しかもなんで目が赤いんだ?ガストウルフは確か茶色だっただろ」

バーグが言ったようにこのガストウルフというのは絶滅している。疾風のように速く、カマイタチのような鋭い爪を持つと言われている。

「いやいや、実は少し外を散歩していたら偶然死にかけのガストウルフに出会ってね。そのまま連れて帰ろうとしたら今度は絶滅種のフェニックスを見つけたから捕獲して合成したの。お陰でこのガストウルフは不老の力を手に入れて寿命じゃ死なない体になった訳。目が赤いのもその所為。何で不死の力が無いのかわ分からないけど、バグでも入ったかな?とりあえず君と同じPLナンバーの58だよ」
「それは本当に偶然なのか?いや、まあいい。それよりもこんな弱そうなのが俺のお供になるのか」

弱そう、の所でローベルフの赤い目が鋭くなった。そして立ち上がりバーグの方へと近づいて行く。

「貴様等に弱い者と呼ばれる筋合いは無いぞ。小僧」

そして喋った。狼が。いや、魔物が。

「しゃ、喋った?」
「ああ、そう言えば君のデータを使って喋れるようにしたんだっけ。まあ仲良くね。あ、門開けといたから行ってらっしゃい」

しばし沈黙。バーグとローベルフは少しの間睨み合うと両者どちらとも無く視線を話してドアに向かって歩き出した。そしてドアから出る前にローベルフがそこで止まる。そして振り向いてコタツの中で眠ろうとしているルインを見た。

「ところで主は此処で何をしようというのだ」
「昼寝と研究」

ローベルフは今度はバーグを見上げると既に処置無しという顔で佇んでいた。そして微かな寝息が聞こえると同時に二人はドアを閉めた。

「僕の為に頑張って」

ドアを閉めた後なのでそんな言葉は二人に聞こえる筈が無かった。

久しぶりに外に出られるという事なので少なからずバ−グは心臓が高鳴っている。いつもは閉まっている鉄格子は開いている。いつも邪魔するルインはいない。彼にとってはとても良い日に思えるだろう。偶然拾われたローベルフは外にいたのでそんな気持ちはないだろうが。

「少しは慎重に行かぬと直ぐに狙われるぞ」

少し歩いたところでローベルフは口を開いた。何故ならバーグはこの7年間出たことが無いので今は好奇心の塊と化しているからだ。

「大丈夫だって。どうせ直ぐには来ねぇから。って訳には行かないか。いきなりトラブルってのもなんだかな」

周りの木々や葉が揺れ、そして次の瞬間には鳥のような魔物に囲まれていた。しかもその鳥は普通よりも大きく、目は血走っていた。

「やれやれ。怪鳥、ワークか。小僧、貴様が全て片付けろ。貴様が私のパートナーに相応しいか見極める為にな」
「随分甘く見られたもんだな。ま、そこで大人しくしてな」

バーグが跳躍したと同時に鳥、ワーク等も一斉に襲い掛かってきた。