集団の中で一匹のワークが低く飛行してバーグに突っ込んでくるが、バーグはそれよりも低く仰向けの状態になり、ワークの下に滑り込んだ。そして真下に来た時に袖からナイフを取り出し腹部を一突きしすぐに抜き取る。

ワークはそのまま甲高い叫び声を上げて地面に横たわった。まだ微かに動いているのでかろうじて生きてはいるだろう。

彼はすぐに起き上がり、砂を払い落とすと他のワーク達を睨んだ。しかしそれだけで怯みはせずに構わず飛んで来る。

それを避けて右側にある木まで跳躍し、その三匹を無視して更に高いところにいる一匹のワークの所までまた跳躍。そして飛んでいる時に微かに緩めた顔でローベルフを一瞥する。

ローベルフはそれを見て薄い笑いを浮かべた。

「小僧如きに試されるとはな。甘く見られたものよ」

言った瞬間にバーグの視界からローベルフの姿は消えていた。否、余りにも速いスピードなので消えたように見えたのだ。ローベルフは向かってくる三匹の内の一体に向かって跳躍し、体当たりをしながら喉元を噛み切る。喉笛と思わしき場所を噛み切ったのか、ワークが叫ぶことは無かった。

ローベルフは今度は今体当たりしたワークを足場にまた一匹を見据え、跳躍。ワークを約2メートル下の地面に押しつぶす。今度は奇声を上げ、苦しそうに鳴いた。それを気にすることも鳴く、もう一匹のワークに向かってまた跳躍し、その鋭い爪で一気に羽を切り裂いた。片翼を失ったワークはそのまま地面に伏し、また甲高い声を上げた。

一息ついた時に上からナイフが飛んできた。が、それはローベルフを狙うには少々上過ぎる。そして次の瞬間彼の後ろから甲高い叫び声が響いた。後ろを向くと先程地面に叩き潰したワークにナイフが突き刺さっていた。

「油断大敵、気をつけろよ」

笑いながらそういうバーグが空から降り立ってきた。しかし別段ローベルフは気にした様子も無くバーグを見ていた。

「んん?その顔はもしかして後ろにいるのも俺が止めを刺すのも分かってたって顔?」
「さあな。しかし貴様もやるようだな。面白い。しかもまだ力を出し切っていないな?」

その言葉に目を泳がすバーグ。ローベルフはまさかと思いながら彼の次の言葉を待った。そして彼はローベルフを横目で一瞥し、溜息をついた。

「アレガボクノホンキデスヨ。ああ、悪かったな」

何故か最初の方をわざとらしくカタコトにし、いじけ始めるバーグ。目の前ではローベルフがまさかという顔つきで彼を見ている。

「まさか貴様、あの三匹は」
「そうです、その通りです。……しんどかったんだよ」

ローベルフは既に呆れを通り越している目でバーグを見た。そして後ろで生き絶えている五匹のワーク。最初に出現した数より少ないのは逃げたからだろう。

最初の動きを見た限りあれが本気だとはローベルフには見えなかった。それをバーグに問おうとすると、バーグが先程居た場所には既に姿が無く、数メートル先を歩いていた。そして振り返り置いて行くぞとローベルフに声を掛ける。先程のような落ち込んだ姿は全く見られない。

どこまでが本気なのか計り知れない少し、いやかなり変わった男を見据えながらローベルフは駆け寄って行く。

「主の強さはまだ分からん。この旅でどれほどか見極めさせて貰う」
「お、貴様じゃなくて主なんだな」
「少しは認めてやったのだ。もう少しいい反応をしろ」

へいへいと生返事をするバーグ。その隣で溜息をつくローベルフ。外見も人間と狼という変わった組み合わせが最初の村に着いたのはその少し後だった。

村はなにやらすさんでいてどこの家も古い感じがした。周りを見てもルインの研究所のような発展した施設は見えない。それをローベルフは気にしたのか、バーグに聞くと嫌そうな顔をして答えた。

「誰も変人に関わりたく無いんだよ」
「成る程。言い得て妙だな」
「仮に誰かがあいつを騙そうとしても逆に騙されるだけだ。そう言う奴はごまんといる」

そんな会話をしていると宿に着いた。やはりここもお世辞にも綺麗とは言えず、古い宿である。周囲を見渡しても他に宿は見られない。溜息をつき宿に入ろうとする。が、突如、ローベルフがバーグを止める。

「主は金を持っているのか?」

暫し沈黙。そして突然逆方向に歩き出すバーグ。その顔には微かだが冷や汗が流れている。だがその切羽詰った表情は一片し、不敵な笑みに変わる。一体何を考えているのかは誰にも分からない。

「バーグ、主は一体何をするつもりだ?」
「ん?ああ。お前は知らないんだっけ。俺の特技。まあ見てな」

そう言った後に回りをキョロキョロと見渡し始める。そして直ぐ近くの曲がり角に一つの人影を発見してその角へと近づいていく。そしてその影の位置を確認しながらゆっくりと角を曲がる。

「おっと、すいません」

バーグが曲がったのとその人が回ったのは丁度同じ時だった。そしてぶつかった後に彼は謝るとその曲がって来た人も同じく謝ってどこかへ行ってしまった。

それを見送ってバーグは民家の裏に周った。そしてローベルフを手招きし、近づいたのを見計らってポケットから紙を出した。

「……バーグ、それは何だ」
「何だ、知らないのか?金だよ金」
「それをどこで手に入れた」

先程の行為を考えてローベルフには容易にバーグが何をしたのか分かっていた。しかし敢えて彼は聞いた。そして返ってくるのは予想道理の答え。

「スッた」

バーグの声は活き活きしていて語尾にはハートマークが付きそうである。ローベルフは逆に四本足を折り、疲れきった表情で地面の蟻を眺めている。

「どうした。これで宿に泊まれるんだぞ?何をそんなに落胆してる」
「主は、……いや、何でもない」

目の前で屈託が無い笑顔をしている男を見てローベルフは何もかも、言う気を無くした。

突然表通りから悲鳴が聞こえた。何事かと思いながら裏路地から出て家の影から悲鳴がした方を見ると、三人、がたいの良い男達が一人の男に殴る蹴るの暴行を働いている。周囲の人は助ける事も無く見ているだけだ。動けないのか、それとも家に避難する事が無駄だと思っているのか。

「何だあれ?」
「ふん、弱い者に集る外道だろう。自分が強いと思っている成り上がりには一度痛い目に合わせた方が良い。行くぞ」

ローベルフがそう言い終った後に隣にいるバーグを見る。が、そこに姿は無く、宿に向かっている姿を見て呆然とする。

しかし直ぐに気を取り直して一気に走りより、体当たりをかます。直撃したバーグは叫び声を上げながら地面に伏した。

「主は一体何をやっておる」
「い、痛ぇな。何をやってるって。あんな厄介ごとに付き合ってられるか。やりたいならお前がやれ。俺は寝る」

まるで人とは思えない発言。力も何も無い人間なら話は別だが、バーグにはやれない事は無い。

ローベルフは何を思ったか、バーグの襟首を咥えて力いっぱい振り、考えられないような力で男三人の方へ投げ飛ばした。

投げ飛ばされたバーグはそのまま男三人にぶつかって地面に伏した。男三人と周囲はと言えば何が起こったか分からないような顔をしている。

「い、痛ぇな!何しやがる!」

既に先程いた場所にローベルフはおらず、その言葉は空しく響いた。

「痛ぇのはこっちだ、ガキ。てめぇが何してくれるんだ」

バーグが後ろを向くと男三人が怒りに震えていた。周囲はざわめき、突然現れた男を哀れんだ目で見ている。

「やかましい!お前らがどうだろうが知ったこっちゃ無い!」

更にざわめきが大きくなる。驚きと期待、憐れみ、様々な意味を持つざわめきが。そして男達三人の額には青筋が浮かび上がっている。これほどまでにコケにされたのは初めてなのだろう。

「て、てめぇ。俺達が山賊、ヘルタイガーの一員だと分かってんのか!?」
「そんなダサイ名前の組織なんて知るか!俺はさっさとふかふかなベットで休みたいんだ!」

遂に一人は怒りの頂点に達したらしく、バーグに襲い掛かる。拳を突き出し、バーグの顔狙うが、男の拳はあっさりとかわされる。バーグはかわしたと同時に男の懐に潜り込み、腹部に一発拳を叩きつけ、男がよろめいたところで踵を振り上げて、肩に叩き落した。

倒れた男に追い討ちとばかりに頭に足を乗せ、体重を掛ける。叫び声が小さくなると今度は足を話して男の顔を蹴り上げ、後ろの男に向かって、蹴り飛ばした。

徹底的にやられた男を受け止める他の二人。そして恐らくは三人の中で一番強いと思われる男が一歩前に出た。

「てめぇ、ただで済むと思うなよ」
「知るかそんなもん。御託は良いからさっさと掛かって来い」

男は前に出ると同時に低くしゃがんだ。そして低い姿勢のまま体を回して足払いを掛ける。それをジャンプでかわして飛び蹴りを男の顔面に当てようとするが顔を後ろに引かれて紙一重でかわされる。しかしそれだけでは終わらず体を回転させて左足を後ろ回し蹴りのようにし、男の顔面を今度こそ捉えた。

しかし男も顔面を蹴られたにも関わらず、バーグの足を掴んだ。そのままバーグを振り上げて地面に叩きつける。が、バーグも大人しく叩きつけられる訳も無く、右足で男の手の甲を蹴り、左足が離れたところでバランスを整えて着地する。

今度は男は拳を突き出した。それを掴んで一本背負いで地面に叩きつけようとするが男はバーグの背中を蹴って跳び、何も無かったように着地する。しかしその着地地点を読んでいたのか、バーグは男が着地した瞬間に腹部を捉えて蹴りを入れる。後ろによろめいたところで跳躍し、男の顔面も蹴り付ける。

男の後ろに回りこみ、うつ伏せになるように押し倒して関節を極める。本来ならそれで終わりの筈だ。しかしバーグは極めた関節を離し、男の顔を先程の男にしたように蹴り上げ、腹部に三発拳を入れ、最後に蹴り飛ばした。

「で、残ったのはお前一人だけど。どうする?」

残った男は首だけでなく両手で否定し、何も言わないまま男二人を担いで逃げてしまった。暫くの間周囲の人達は呆然としており、バーグが宿屋に入っていったのには誰も気づかなかった。