俺の名は仁神。さっそくだが今俺は非常に寒い場所にいる。どこかと言われたら俺も知らない。寝ていたら何時の間にかこの部屋にいたのだから。部屋は俺からみればかなり大きく天井にはどやっても届く筈はない。狭く、少し暗い密閉空間。特に恐怖というものは感じ無いが多少精神的な息苦しさを感じる。


周りを見ると同士が沢山いる。皆眠っているところを見ると俺と同じように寝ている間に連れてこられたのだろう。しかし此処は一体どこなのだろうか。聞いた話だと最近は温暖化で暑くなってきたらしく、こういった寒い部屋が作られているらしい。聞いた話だから定かではないが。


さて、もう一度状況を整理しておこう。俺は眠る前、人が一杯いるがいつもの場所で黄昏ていた筈だ。しかしそのうち意識が朦朧としてきたんだ。別に眠らされた訳ではない。ただそこにいるうちに眠くなったから寝ていただけだ。そもそも眠らされると言う事自体有り得ないが。


その後目が覚めたらこの部屋にいたというわけだ。特に整理する必要も無かったがこの際気にしないでおこう。さて、まずは回りの同士でも起すことにしよう。俺は叫んだ。皆、起きろ、と。それに気づいたようで皆は起き始めた。


しかし朦朧とした意識の物に聞いても大した事は聞けそうに無かった。丁度俺の近くには意識がはっきりした老人がいていろいろ知ってそうだから聞いてみたんだ。何故ここにいるのか、と。そうすると老人はこう答えた。


───何、いつものことじゃよ。親達から引き離されて売られただけじゃよ。まあ、わしの孫や息子達はわしより先に行ってしまったからな。元々引き離されていたのじゃが。悲しくないと言えば嘘になるが、何、こういうことには慣れてしまってな。それはそうと、その内ここから出る事にはなる。わしは結構前からいたが奥に入れられてな。他の者達が出されていく姿を何回も見ている。しかし主はどちらかといえば目立つ格好をしている。すぐに出されるかもしれん。それから、出て行った者達はきっとあの『噂』のようになっているよ。───


成る程。まさか先生に教わったが、自分には無縁だと思っていたことが本当にあるとは思わなかった。何しろ俺はラッキーボーイとまで呼ばれていたからな。こういうことが起きないのはかなり稀と聞いていたが、俺はずっとその稀になる者だと思っていたのに。とりあえず温暖化とか何とかの話ではない事も分かった。そしてこれからどうなるかも分かった。まあいい。せいぜい今のうちに余生を楽しんでおこう。聞いた話だとそんなに痛くないらしいからな。


しかし本当に痛くないのだろうか。知り合いが言うには斬られるか焼かれるか熱湯の中に入れられると聞かされているが。まあ別に怖くはないし良いだろう。こういうことになった奴は大量にいる訳だし。


さて、余生を楽しむと言っても何をしようか。特にやることも無いし。知り合いも見当たらない。さっきの老人はあれでも意識が朦朧としていたのか、もう寝てしまっているし。その内堕落しすぎて腐っても知らんぞ。


そうだ。どうせだから自分の人生を振り返って見ようではないか。残った余生、昔を振り返るというのも悪くはない。走馬灯、とは少し違うか。


まず俺は母も父も知らない。大抵の奴がそうらしいが、周りの奴等が親切だから俺達は何とか生きていた。飯はいつでも食べれたし、水不足とかには会ったことも無い。周りには沢山良い奴がいたから少なくとも暇ということは無かった。周りには本当に面白い奴等がいた。少し遠かったけど九里っていう奴がいてな。俺達より高いところにいていつも俺達を見下ろしているんだ。だけどあいつは高い場所にいたからいろいろな話を知っていたんだ。幼かった俺には本当に面白くて今でも覚えている話があるな。でもある日、あいつはいなくなっていた。周りの大人達は行ってしまったよ、と言っていたな。今なら俺にも分かるけど昔は全然意味が分からなかった。


そんな事は頭の片隅に置かれ、俺はどんどん逞しく育っていった。他の奴より多く飯を食っていたし、日当たりが良い所にいたんだ。なんでか良く分からないけど、日当たりが良い所にいると逞しく成長するらしい。確かに俺の隣の奴も日当たりが良い所で俺よりも大きかった。一体何故なのかは俺も知らない。


その内俺は成長していった。そして今と同じようにいつのまにか知らない場所に連れて来られていたんだ。皆からは卒業おめでとう。と言われた。一体何が卒業なのかは分からなかった。周りの奴も良く分からないらしく、聞いても知らないと言っていた。最初にそう言った奴はとっくにそこを出て行ってしまったようだった。まあ別に俺はそんな奴のことなんて知らないし、どうでも良い。


俺はまた知り合いを増やした。そしてまたおもしろい話を聞けたしこれからどうなるかも教えて貰った。最初の内は流石に怖かったさ。聞くと大抵の人はここを出て行くとさっき言われたように斬られるか焼かれるか熱湯の中に入れられるらしいのだから。他にもあったけどそれは忘れた。


俺は毎日恐怖と、そして新しい知識をつける事に喜びを感じていた。だからその内恐怖は薄れていったんだ。皆が口々に大丈夫、痛くないから、と言ったからだろう。俺はそのことを今でも信じている。皆が口をそろえて言うのだから本当のことなのだろう。


それからはずっとそこにいたんだ。どのぐらい居たかな。とても長い間いたからよくは覚えていない。でもあそこは俺にとって第二の故郷と言える。最初のところの奴等は一体どうしただろう。俺と同じようにどこかに連れていかれたのだろうか。


そうやって俺が昔を思い返していた時だ。突然天井に穴が空いた。いや、俺達がいる部屋が動き、あたかも天井に穴が空いたように見えたんだ。間も無く天井からは大きな手が入ってきた。聞いたとおりだ。その手が俺に向かってくる。まさか俺は今日連れてこられてさっそく出されるのだだろうか。思えば短い人生だった。


母や父の顔を見られなかったのは残念だが、もう遅い。大きい手は俺を掴んでそのまま俺を持っていく。


大きい手は俺をまな板とかいう物の上に置いた。俺は身動きなど出来る筈もなくそのままどうなるかを待った。因みに大きい手は女性とかいう人種の物だ。聞いた話だから良くはしらないが多分そうだろう。


女性は屈んだと思ったらすぐに立ち上がった。そしてその手には包丁とかいう刃物が握られている。どうやら俺は斬られるらしい。


包丁で俺を切ると思いきや、女性は何かに気づいたらしく他の何かを取り出した。U型の金属で先と先には細い鉄の糸のような物がついている。


それを右手で持って俺を左手で持ち上げた。そして細い糸は俺の皮を剥き始めた。ぐう、うああ。痛いぃ。痛いぃ。


全身の皮を剥かれた後の俺は苦痛にうめいている。女性の方はそんな事を知るはずも無く、鼻歌交じりで今度はまた包丁を持ってうめいている俺に近づける。


包丁がどんどん俺に近づいてくる。手は俺を押さえつけて動かないようにして。そして俺の上の方からどんどん刃を入れていく。


ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!


うう、ああ。誰だ。痛くないと言った奴は、凄く痛いではないか。うう。


うああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!


ぐう、今度は下の方を切りつけるなんて。痛い。痛いぃ!


あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!


どんどん俺の体は切られていく。苦痛の中、俺の意識は途絶えた。







「どう?美味しい?」
「うん!美味しいよ!今日のカレー!」


……そうそう、言い忘れていたが、俺は一般ではニンジンと言われている。仁神と書いてニンジンと読む。それからニンジンを食わない奴。俺は苦痛に耐えてお前等の食い物になるんだ。食わないと化けてでるからちゃんと食えよ。……あ。